URL |
https://sitereports.nabunken.go.jp/71921
|
引用表記 |
1974 『青森県埋蔵文化財調査報告書13:今別町浜名遺跡・中宇田遺跡・西田遺跡・五郎兵衛山遺跡・五所川原市原子溜池群発掘調査報告書』青森県教育委員会
|
1974 『今別町浜名遺跡・中宇田遺跡・西田遺跡・五郎兵衛山遺跡・五所川原市原子溜池群発掘調査報告書』青森県埋蔵文化財調査報告書13
|
wikipedia 出典テンプレート :
{{Cite book|和書|first=敬|last=佐藤|first2=隆|last2=奥崎|first3=克彦|last3=鈴木|first4=金丸|last4=市川|first5=鉄郎|last5=塩原|first6=雄蔵|last6=新谷|first7=武|last7=新谷|title=今別町浜名遺跡・中宇田遺跡・西田遺跡・五郎兵衛山遺跡・五所川原市原子溜池群発掘調査報告書|origdate=1974-03-31|date=1974-03-31|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/71921|location=記載なし|ncid=BN15184285|series=青森県埋蔵文化財調査報告書|volume=13}}
閉じる
|
ファイル |
|
書名 |
今別町浜名遺跡・中宇田遺跡・西田遺跡・五郎兵衛山遺跡・五所川原市原子溜池群発掘調査報告書 |
発行(管理)機関 |
青森県埋蔵文化財調査センター
- 青森県
|
書名かな |
いまべつまちはまないせきなかうだいせきにしたいせきごろべえやまいせきごしょがわらしはらこためいけいせきぐんはっくつちょうさほうこくしょ |
副書名 |
昭和48年度今別・原子両バイパス建設関連遺跡発掘調査報告書 |
巻次 |
昭和48年度 |
シリーズ名 |
青森県埋蔵文化財調査報告書 |
シリーズ番号 |
13 |
編著者名 |
|
編集機関 |
|
発行機関 |
青森県教育委員会
|
発行年月日 |
19740331 |
作成機関ID |
記載なし |
郵便番号 |
記載なし |
電話番号 |
記載なし |
住所 |
記載なし |
報告書種別 |
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
|
資料タイプ |
Research Paper |
発掘調査報告 |
掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象) |
所蔵大学(NCID) |
|
JP番号 |
|
他の電子リソース |
|
備考 |
|
所収論文 |
タイトル |
今別町の先史文化 |
英語タイトル |
|
著者 |
鈴木 克彦
|
ページ範囲 |
59 - 62
|
NAID |
|
都道府県 |
青森県
|
時代 |
縄文
弥生
平安
|
文化財種別 |
史跡
|
遺跡種別 |
|
遺物(材質分類) |
|
学問種別 |
考古学
|
テーマ |
文化系統
|
他の電子リソース |
|
引用表記 |
wikipedia 出典テンプレート :
{{Citation|first=克彦|last=鈴木|contribution=今別町の先史文化|title=今別町浜名遺跡・中宇田遺跡・西田遺跡・五郎兵衛山遺跡・五所川原市原子溜池群発掘調査報告書|date=1974-03-31|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/71921|location=記載なし|ncid=BN15184285|series=青森県埋蔵文化財調査報告書|volume=13}}
閉じる
|
抄録(内容要約) |
|
|
所収遺跡 |
遺跡名 |
浜名遺跡 |
遺跡名かな |
はまないせき |
本内順位 |
1 |
遺跡所在地 |
青森県東津軽郡今別町大字浜名8外 |
所在地ふりがな |
あおもりけんひがしつがるぐんいまべつまちおおあざはまなあざなかの8ほか |
市町村コード |
023035 |
遺跡番号 |
303018 |
北緯(日本測地系)度分秒 |
|
東経(日本測地系)度分秒 |
|
北緯(世界測地系)度分秒 |
411045.8 |
東経(世界測地系)度分秒 |
1402752.6 |
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) |
41.179388 140.464611
|
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
|
調査期間 |
19731028-19731030
|
調査面積(㎡) |
|
調査原因 |
国道280号線道路改良工事に伴う記録保存調査 |
遺跡概要 |
種別 |
散布地
|
時代 |
縄文
弥生
|
主な遺構 |
ピット状遺構2
集石遺構1
|
主な遺物 |
縄文土器
石器
石製品(丸形飾玉)
弥生土器
|
特記事項 |
|
|
遺跡名 |
中宇田遺跡 |
遺跡名かな |
なかうだいせき |
本内順位 |
2 |
遺跡所在地 |
青森県東津軽郡今別町大字浜名字中宇田14外 |
所在地ふりがな |
あおもりけんひがしつがるぐんいまべつまちおおあざはまなあざなかうだ14ほか |
市町村コード |
023035 |
遺跡番号 |
303016 |
北緯(日本測地系)度分秒 |
|
東経(日本測地系)度分秒 |
|
北緯(世界測地系)度分秒 |
411043.9 |
東経(世界測地系)度分秒 |
1402802.6 |
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) |
41.178861 140.467388
|
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
|
調査期間 |
19731025-19731027
|
調査面積(㎡) |
|
調査原因 |
国道280号線道路改良工事 |
遺跡概要 |
種別 |
集落
|
時代 |
縄文
|
主な遺構 |
竪穴建物跡1
|
主な遺物 |
縄文土器
石器
|
特記事項 |
旧浜名A遺跡 |
|
遺跡名 |
西田遺跡 |
遺跡名かな |
にしたいせき |
本内順位 |
3 |
遺跡所在地 |
青森県東津軽郡今別町大字西田258外 |
所在地ふりがな |
あおもりけんひがしつがるぐんいまべつまちおおあざにした |
市町村コード |
023035 |
遺跡番号 |
303015 |
北緯(日本測地系)度分秒 |
|
東経(日本測地系)度分秒 |
|
北緯(世界測地系)度分秒 |
411042.1 |
東経(世界測地系)度分秒 |
1402819.8 |
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) |
41.178361 140.472166
|
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
|
調査期間 |
19731021-19731022
|
調査面積(㎡) |
|
調査原因 |
国道280号線道路改良工事 |
遺跡概要 |
種別 |
散布地
|
時代 |
縄文
|
主な遺構 |
竪穴建物1
|
主な遺物 |
石器
|
特記事項 |
現在の西田(1)遺跡 |
|
遺跡名 |
五郎兵衛山遺跡 |
遺跡名かな |
ごろうべえやまいせき |
本内順位 |
4 |
遺跡所在地 |
青森県東津軽郡今別町大字西田258-179外 |
所在地ふりがな |
あおもりけんひがしつがるぐんいまべつまちおおあざにした |
市町村コード |
023035 |
遺跡番号 |
303014 |
北緯(日本測地系)度分秒 |
|
東経(日本測地系)度分秒 |
|
北緯(世界測地系)度分秒 |
411041.44 |
東経(世界測地系)度分秒 |
1402828.1 |
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) |
41.178177 140.474472
|
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
|
調査期間 |
19731019-19731021
|
調査面積(㎡) |
|
調査原因 |
国道280号線道路改良工事 |
遺跡概要 |
種別 |
散布地
|
時代 |
縄文
|
主な遺構 |
フラスコ形ピット1
円形ピット1
長楕円形遺構1
|
主な遺物 |
縄文土器
石器
骨片
|
特記事項 |
現在の西田五郎兵衛山遺跡 |
|
遺跡名 |
原子溜池遺跡群 |
遺跡名かな |
はらこためいけいせき |
本内順位 |
5 |
遺跡所在地 |
青森県五所川原市大字原子字山元109外 |
所在地ふりがな |
あおもりけんごしょがわらしおおあざはらこあざやまもと109ほか |
市町村コード |
022055 |
遺跡番号 |
205003 |
北緯(日本測地系)度分秒 |
|
東経(日本測地系)度分秒 |
|
北緯(世界測地系)度分秒 |
404606.4 |
東経(世界測地系)度分秒 |
1403130.4 |
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) |
40.768444 140.525111
|
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
|
調査期間 |
19730430-19730504
|
調査面積(㎡) |
414
|
調査原因 |
国道101号線原子バイパス改良工事 |
遺跡概要 |
種別 |
集落
散布地
|
時代 |
縄文
平安
|
主な遺構 |
竪穴建物1
野鍛冶場跡1
柱穴21
|
主な遺物 |
縄文土器
鉄滓
土製品(羽口)
鉄製品
土師器
須恵器
鉄製品
土製品
|
特記事項 |
D・E地点 現在の原子溜池(1)遺跡 |
|
|
要約 |
浜名遺跡:フレイクが多く出土した。 中宇田遺跡:縄文時代後期を主体にして営まれた遺跡で竪穴建物跡を発見した。 西田遺跡:隅丸方形プランの竪穴式遺構とその上部に伴存した方形の石組み遺構とは、類例を知らないが偶然とは認めがたい。遺物の出土は1片のみで、一応縄文時代後期のものとみる。 五郎兵衛山遺跡:馬の背状の狭い場所に、骨片を出土したフラスコ形ピットが発見された。 原子溜池遺跡群:第1号跡である方形プラン竪穴建物は、最初竪穴住居跡としての性格を持つものと考えたが、第2号跡(製鉄遺構)との関連性を考え合わせ、工房的性格が妥当であるという考察に至った。 |