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わが国近世以降における石灰焼成窯の技術史的研究 野州・八王子・美濃石灰の事例を通して

熊倉 一見 ( KUMAKURA Kazumi )
 本稿ではこれら石灰利用の歴史をふまえ、近世~近代にかけて国内有数の主産地を形成した野州・八王子・美濃の各石灰工業史を概観し、近世後期より戦後まで使用された焼成窯の変遷を辿りつつ築窯・焼成技術の系譜を述べ、現存遺構について論じた。さらに、本邦窯業窯炉史上全く研究の進展を見なかった石灰窯炉の技術史的諸問題に関し言及した。
 近年、特に近世・近代の技術史研究は各地で近世~戦前の考古学的調査が実施されるに及び製鉄・繊維業を主に飛躍的に進歩し多くの成果をもたらした。加えて古文書等による文献史料の発見は、理化学的調査の発達と相俟ってってその検証手段として重きをなしている。
 ここでは近世期に於いて最も重要な在来工業でありながら、ほとんど省みられなかったわが国の石氏工業草創期を技術史的視点より産業考古学的手法を用い検討を試みた。
 本稿では石灰製造工程中、焼成を担う窯炉の変遷と築窯及び焼成技術の流れ、並びに近世以降の代表的な産地を形成した野州・八王子・美濃の製造初期の経緯に関して論じてきた。中・近世以降石灰産業はわが国の一大在来工業であるにも拘らず、今日まで殆ど実態解明がなされず産業史・技術史的調査の及んでいない分野の1つである。ここでは現在までの調査で判明した事柄を次の5点に要約し結語とする。
(1) 横窯から竪窯への転換
 薪炭燃料の横窯(不連続窯・斜面築窯)も近代になり燃料不足や石灰需要の増大等により効率の良い竪型石炭窯(連続窯・平地築窯)が導入され、生産量・窯数ともに増加し従来の親方制に替わり窯主体の請負制が確立される。石灰焼成で竪窯を使用する以前、既に明治10年代に関連産業のセメント工業で実用化されており、それらからの技術転移を示唆している。
(2) 谷焼窯の実態解明
 壷焼法・谷焼法は近世期野州で発明され野州各産地へ普及する。この大型窯の出現により大量生産を可能とし製造作業の分業化が生じた。比較的生産効率が低く質は落ちるが莫大な焼成量を得られるため近世後期~近代の主流をなした。なお管見の限りにおいて近世この規模を誇る横窯の採用は野州石灰のみである。
(3) 竪窯(七輪窯)の導入と背景
 近代初期の石灰竪窯である七輪窯には構造・形態的は同様であるが、簡便な八王子型より強固な構造を有し量産に適した野州型が存在する。連続焼成窯であるが前者は構造上長期使用には不適で、固定窯としてではなく石灰産地(本間)へ必要に応じ築造されたものである。導入の経緯に関しては前者は地元で考案された可能性を残しながらも、明治30年代に野州よりの改良竪窯の技術導入が示すように、野州竪窯からの築窯焼成技術の関与を示唆する。後者の野州型は近代中期相前後して石灰先進地よりもたらされ、美濃竪窯(櫓窯の改良か)より派生したものである。
 導入の背景を見ると、燃料不足・同騰貴による窯の存続、需要増大に対する高効率窯の採用の2点に集約される。
(4) 日本最古の石灰窯「本窯」
 窯と称しているが石灰の野焼製造の一種である。原石・燃料所在地に随時築造し、特に薪炭が不足すると移動焼成する非固定窯である。八王子石灰焼成初期の慶長年聞から大正年聞にかけて実に300年にわたり、殆ど改良される事無く連綿と築窯及び焼成技術が当地の石灰製造人に受継がれてきた。その意味からも現在わが国で確認されている石灰窯遺構としては最古に属するものと言える。
(5) 石灰窯の保存問題について
 近代以降幾多の技術革新による石灰工業の発展は、過去の事績を顧みる事なく市場獲得にしのぎを削り、高品位製品を大量に世に送り出した。当初建築物を主に農業・医療等限られた用途も現在工業用を始め多くの関連分野に利用されている。江戸時代幕府御用として保護され、近世期の在来工業中最も重要な産業であったことなど顧みるいとまがない程、科学技術の進歩は目覚ましい。
 谷焼窯・七輪窯・本窯・木崎家の石灰遺構等は各自治体の文化財指定により保存処置が講じられている。窯単体の保存に対し、特に青梅市所在の木崎石灰関連遺構は近世の石灰製造を一連の作業工程の中で再現できる数少ない遺跡である。現状での保存を切望する。
 又、石灰産地で散見できる土中式徳利窯(円筒式石炭窯・混合装填式)は現状では殆どが放置されており、回転窯導入以前のわが国における石灰焼成の主流をなしたものとして残念に思う。
NAID :
都道府県 : 栃木県 東京都 岐阜県
史跡・遺跡種別
遺物(材質分類) その他
学問種別 考古学 文献史学
テーマ 技法・技術
他の電子リソース :
総覧登録日 : 2021-11-26
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この論文は下の刊行物の 295 - 332 ページ に掲載されています。

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