新居見遺跡(1)
URL | https://sitereports.nabunken.go.jp/97276 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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DOI | http://doi.org/10.24484/sitereports.97276 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
引用表記 | 公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター 2018 『徳島県埋蔵文化財センター調査報告書92:新居見遺跡(1)』徳島県教育委員会他 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター 2018 『新居見遺跡(1)』徳島県埋蔵文化財センター調査報告書92 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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書名 | 新居見遺跡(1) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
発行(管理)機関 | 徳島県(徳島県教育委員会) - 徳島県 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
書名かな | にいみいせき1 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
副書名 | 四国横断自動車道(阿南~徳島東)(新居見地区)関連埋蔵文化財発掘調査報告書 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
巻次 | 縄文時代・弥生時代篇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シリーズ名 | 徳島県埋蔵文化財センター調査報告書 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シリーズ番号 | 92 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
編著者名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
編集機関 |
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター
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発行機関 |
徳島県教育委員会
公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター
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発行年月日 | 20180323 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
作成機関ID | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
郵便番号 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
電話番号 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
住所 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
報告書種別 |
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
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資料タイプ | Research Paper | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
発掘調査報告 | 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所蔵大学(NCID) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
JP番号 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
他の電子リソース |
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備考 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所収論文 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所収遺跡 |
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要約 | 山路地区では、縄文時代の遺構は柱穴を中心に調査区の北東部を中心に検出され、土偶と晩期後半の凸帯文土器が確認された。弥生時代は中期後半に属する遺構が確認された。古墳時代中期後半から後期後半に属する円墳の周溝や小型埋葬施設が検出された。小築造時期に重なりがあるため、被葬者の階層差が反映されていると考えられる。平安時代末期には大型区画溝が掘削され、掘立柱建物や地鎮祭祀遺構が伴う。大型区画溝の埋没に伴い掘立柱建物数も減少するが鎌倉時代まで存続する。室町時代には、再度区画溝が掘削され掘立柱建物が集中する屋敷地が成立する。 柳内・高内地区では13 世紀から17 世紀の集落が確認された。区画溝による一辺30 m規模の小型屋敷地が5区画隣接する景観が復元できる。このような屋敷地区画の集合体は中世後半期の普遍的な集落景観であるといえる。ただし、大型建物の存在や今年度出土した和鏡片や貿易陶磁器、茶臼など奢侈品の存在から、高いステイタスをもつ名主クラスの屋敷地群が想定される。 本遺跡周辺は、古代では勝浦郡四ヶ郷の内、『新居郷』に比定されてきた地域である。その後、10 世紀後半には勝浦川河口附近を中心に成立した「新島庄」の「勝浦庄」に含まれる地域であり、10 世紀前半代に属する区画溝や掘立柱建物群は、『新居郷』に、その後、数が減少するが確認される掘立柱建物等は『新島庄勝浦庄』や高野山領『多奈保』に関連する遺構として位置付ける事が可能である。室町期には集落域が南北約200 mの規模に拡大し、名主クラスとみられる屋敷地群が形成される。広い範囲で中世集落の変遷が確認できる事例は、徳島県下では大柿遺跡(東みよし町)、中庄東遺跡(同)、宮ノ本遺跡(阿南市)など数少なく、新居見・田浦の両遺跡にまたがる広域で確認されたことは、勝浦川流域における開発史を検討する上で極めて重要な知見を得た。 |