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西方城跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/138508
引用表記 栃木市教育委員会 2024 『西方城跡』栃木市教育委員会
栃木市教育委員会 2024 『西方城跡』
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ファイル
書名 西方城跡
発行(管理)機関 栃木市 - 栃木県
書名かな にしかたじょうあと
副書名 西方城跡総合調査報告書
巻次
シリーズ名
シリーズ番号
編著者名
編集機関
栃木市教育委員会
発行機関
栃木市教育委員会
発行年月日 20240126
作成機関ID 09203
郵便番号 3288686
電話番号 0282212497
住所 栃木県栃木市万町9番25号
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 西方城跡
遺跡名かな にしかたじょうあと
本内順位
遺跡所在地 栃木県栃木市西方町本城
所在地ふりがな とちぎけんとちぎしにしかたまちほんじょう
市町村コード 09203
遺跡番号 3740
北緯(日本測地系)度分秒 362822
東経(日本測地系)度分秒 1394310
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.4759 139.7162
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20190624-20191223
20200615-20201126
20210701-20211130
調査面積(㎡)
調査原因 学術目的調査
遺跡概要
種別
城館
時代
戦国
江戸
主な遺構
主な遺物
特記事項
遺跡名 二条城跡
遺跡名かな にじょうじょうあと
本内順位
遺跡所在地 栃木県栃木市西方町本城
所在地ふりがな とちぎけんとちぎしにしかたまちほんじょう
市町村コード 09203
遺跡番号 3743
北緯(日本測地系)度分秒 362818
東経(日本測地系)度分秒 1394330
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.4748 139.7218
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20190624-20191223
20200615-20201126
20210701-20211130
調査面積(㎡)
調査原因 学術目的調査
遺跡概要
種別
城館
時代
戦国
江戸
主な遺構
主な遺物
特記事項
要約 西方城跡は栃木県栃木市西方町本城にあり、足尾山地東端の低位丘陵上に広がる山城である。また、二条城跡は同じ低丘陵の山麓部に位置する。低丘陵には山頂から雛壇状に郭が連なっている。両城ともに主郭があり、西方城は宇都宮氏家中の西方氏築城、二条城は1590年の宇都宮仕置後、新たに入封した藤田能登守信吉の築城と伝わる。栃木市教育委員会では西方城跡・二条城跡総合調査を実施した。調査は測量調査・地誌等地域調査・発掘調査・文献史料調査に分かれ、発掘調査は山頂部3箇所、山麓部3箇所の計6箇所の郭を調査した。調査の目的は両城の範囲と時期を把握することである。調査の結果、両城は一体のものと考えられ、測量調査及び現地踏査により範囲を確定した。発掘調査はトレンチ法を採用し、各郭へ十字にトレンチを設定し、調査を実施した。結果、各郭の遺構面が確定され、出土遺物などから、山頂地区にて郭が造成され城として機能し始めた時期(15世紀末~16世紀前半)、山頂地区の郭が継続して使用された時期(16世紀中頃~同後半)、山麓地区にも郭を造成し使用が始まる時期(1590年前後)、城として機能が山頂地区から山麓地区に移行する時期(16世紀末~17世紀初頭)と考えられた。

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