円蔵 下ヶ町遺跡第12次調査
三戸 智也
伊藤 俊一
本調査地点は東南東-西北西方向へ延びる市道5157号線に対してT字状に接続する位置関係にある。平成29年度公共下水布設関連調査の結果、この市道の全幅員が中近世の区画溝であることが確認されている。
本調査区北端部においてこの区画溝と並走するのと同時期の第1号~4号溝を検出し、その最終的な全幅が10.0m前後を測ることが確認された。また直交する第6号・7号溝や並走する第5号・10号溝他が検出された。中世の第2号竪穴址・第1号掘立柱建物や古代~中世の第1号竪穴址・第2号掘立柱建物が検出された。北側隣接地にあたる第17次調査地点においても2棟の掘立柱建物が発見されているが、中世建物の発見数が少ない中での今回の発見は本調査地点の特徴といえる。
古代の遺構は検出されず、また遺物は極少量かつ細片であるが、古代の遺物散布地であることが確認された。なお古墳時代前期の遺物も極少量含まれる。
本調査区北端部においてこの区画溝と並走するのと同時期の第1号~4号溝を検出し、その最終的な全幅が10.0m前後を測ることが確認された。また直交する第6号・7号溝や並走する第5号・10号溝他が検出された。中世の第2号竪穴址・第1号掘立柱建物や古代~中世の第1号竪穴址・第2号掘立柱建物が検出された。北側隣接地にあたる第17次調査地点においても2棟の掘立柱建物が発見されているが、中世建物の発見数が少ない中での今回の発見は本調査地点の特徴といえる。
古代の遺構は検出されず、また遺物は極少量かつ細片であるが、古代の遺物散布地であることが確認された。なお古墳時代前期の遺物も極少量含まれる。
三戸智也,伊藤俊一 2025「円蔵 下ヶ町遺跡第12次調査」 『茅ヶ崎市埋蔵文化財調査集報Ⅻ』茅ヶ崎市埋蔵文化財調査報告
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/article/126896
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