吹屋恵久保遺跡2
| URL | https://sitereports.nabunken.go.jp/143208 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 引用表記 | 渋川市教育委員会 2023 『渋川市埋蔵文化財発掘調査報告書57:吹屋恵久保遺跡2』渋川市教育委員会 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 渋川市教育委員会 2023 『吹屋恵久保遺跡2』渋川市埋蔵文化財発掘調査報告書57 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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wikipedia 出典テンプレート :
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| 書名 | 吹屋恵久保遺跡2 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 発行(管理)機関 | 渋川市 - 群馬県 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 書名かな | ふきやいくぼいせき | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 副書名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 巻次 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| シリーズ名 | 渋川市埋蔵文化財発掘調査報告書 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| シリーズ番号 | 57 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 編著者名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 編集機関 |
渋川市教育委員会
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| 発行機関 |
渋川市教育委員会
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| 発行年月日 | 20230331 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 作成機関ID | 10208 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 郵便番号 | 3778501 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 電話番号 | 0279222111 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 住所 | 群馬県渋川市石原80番地 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 報告書種別 |
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
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| 資料タイプ | Research Paper | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 発掘調査報告 | 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所蔵大学(NCID) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| JP番号 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 他の電子リソース |
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| 備考 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所収論文 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 所収遺跡 |
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| 要約 | 令和2年度に市道付替部分と公民館増築部分の1区・2区、令和3年度に公民館増築部分の3区の発掘調査を実施した。1区・2区調査区のHr-FP直下面では、人の踏み跡と馬蹄痕が確認された。道として確立した場所ではないが、人・馬が頻繁に行き来していた場所であったと考えられる。3区調査区でも人の踏み跡と馬蹄痕が確認されたほか、北北西−南南東方向に走る幹線道と南西方向に枝分かれする道が確認された。南北にある主要な施設を結ぶ幹線上にあったといえる。3区調査区では古墳時代中期以前に築造された墳丘墓の墳丘と周堀に起因する地形が確認された。また、1〜3区調査区のHr-FP直下面で炭化物が確認されたことから、当時野焼きが行われていたことが推測される。 1〜3区調査区ではHr-FA層の堆積が薄いことが確認できた。Hr-FA層の堆積が薄いためHr-FA降下後からHr-FP降下前までの約50年ほどの間に受ける動植物の活動痕跡の影響が大きく、Hr-FA層の堆積が少ない場所ではHr-FA層上面、S1上面、Hr-FA直下面で人と馬の活動痕跡を抽出することが困難であることが分かった。反面、Hr-FA層あ薄いため、Hr-FA直下面とHr-FP直下面での地形の変化が対応する場所が確認できた。 3区調査区では、Hr-FAで埋没した墳丘墓と周堀の一部と、古墳時代前期の竪穴建物が確認された。墳丘墓は南南東の約1/7が確認された。盛土造成開始時から完成時まで使われたとみられる作業道が確認された。また、盛土造成が墳丘外縁部に土手状に盛土しているように観察できることから、西日本的な工法に近いと考えられる。 竪穴建物は1棟単独で確認された。床面の西側約1/3のところで間仕切りと思われる細長い高まりが確認された。覆土下層から炭化材、焼土、灰が出土していることから、廃絶後に上屋が燃えたとみられる。 |
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