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流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/31674
DOI 二次元コード
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.31674
引用表記 公益財団法人千葉県教育振興財団 2015 『千葉県教育振興財団調査報告735:流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書』独立行政法人都市再生機構他
公益財団法人千葉県教育振興財団 2015 『流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書』千葉県教育振興財団調査報告735
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書名 流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書
発行(管理)機関 (公財)千葉県教育振興財団文化財センター - 千葉県
書名かな ながれやましんしがいちちくまいぞうぶんかざいちょうさほうこくしょ
副書名 流山市市野谷芋久保遺跡・市野谷中島遺跡(上層)・市野谷向山遺跡(上層)・市野谷立野遺跡・大久保遺跡(上層)・西初石五丁目遺跡・東初石六丁目第I遺跡(上層)・十太夫第1遺跡・十太夫第3遺跡
巻次 7
シリーズ名 千葉県教育振興財団調査報告
シリーズ番号 735
編著者名
編集機関
公益財団法人千葉県教育振興財団
発行機関
独立行政法人都市再生機構
公益財団法人千葉県教育振興財団
発行年月日 20150325
作成機関ID
郵便番号 284-0003
電話番号 043-424-4848
住所 千葉県四街道市鹿渡809-2
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 市野谷中島遺跡(1)〜(8)
遺跡名かな いちのやなかじまいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市市野谷693-1ほか
所在地ふりがな ながれやましいちのや693-1ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 055
北緯(日本測地系)度分秒 355149
東経(日本測地系)度分秒 1395523
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8668 139.9198
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20021001-20040326
調査面積(㎡)
15678
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
埋甕炉1
土坑2
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 前期黒浜式の深鉢を使用した埋甕炉が検出された。
種別
集落
散布地
時代
奈良
主な遺構
竪穴住居跡3
土坑1
主な遺物
土師器
須恵器
土製支脚
特記事項 8世紀後葉のごく小規模な集落跡が検出された。
種別
時代
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
溝状遺構10
主な遺物
陶器片
特記事項 中世〜近世に属すると思われる多数の溝が検出された。
遺跡名 市野谷向山遺跡(1)〜(7)
遺跡名かな いちのやむこうやまいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市市野谷494-2ほか
所在地ふりがな ながれやましいちのや494-2ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 036
北緯(日本測地系)度分秒 355140
東経(日本測地系)度分秒 1395529
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8643 139.9215
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19980825-20101216
調査面積(㎡)
32215
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
散布地
時代
旧石器
主な遺構
石器集中地点1
主な遺物
ナイフ形石器
特記事項 前期黒浜式と中期加曽利E3期に集落が営まれた。
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
竪穴住居跡3
土坑7
主な遺物
縄文土器
石器
三角壔型土製品
土器片錘
土製円板
特記事項 古墳時代中期に集落が営まれ、特に近隣との関連が窺える。
種別
集落
時代
古墳
主な遺構
竪穴住居跡8
主な遺物
須恵器
土師器
石製模造品
管状土錘
土玉
軽石
特記事項 竪穴住居跡が台地奥から単独で検出された。
種別
集落
散布地
時代
平安
主な遺構
竪穴住居跡1
土坑2
主な遺物
土師器
砥石
特記事項 浅い谷にかかる溝が1条検出された。
種別
散布地
時代
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
焼土遺構1
溝状遺構1
主な遺物
焙烙
特記事項
遺跡名 市野谷立野遺跡(1)〜(17)
遺跡名かな いちのやたてのいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市市野谷772-2ほか
所在地ふりがな ながれやましいちのや772-2ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 022
北緯(日本測地系)度分秒 355145
東経(日本測地系)度分秒 1395542
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8657 139.9251
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19970316-20120705
調査面積(㎡)
48204
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
散布地
時代
旧石器
主な遺構
主な遺物
尖頭器
ナイフ形石器
細石刃
特記事項 旧石器時代の石器が単独で18点出土した。
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
礫群8
竪穴住居跡7
焼土遺構・炉穴12
陥穴12
土坑25
溝1
主な遺物
土器片錘
縄文土器
石器
土製耳飾
特記事項 大規模な礫群(早期〜前期)が検出された。
種別
集落
時代
近世(細分不明)
主な遺構
野馬堀2
シシ穴5
主な遺物
銭貨
陶磁器
特記事項 近世小金牧の一部である野馬堀が、遺跡周囲を回ることが確認された。
遺跡名 大久保遺跡(1)〜(10)
遺跡名かな おおくぼいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市西初石六丁目813-3ほか
所在地ふりがな ながれやましにしはついし6ちょうめ813-3ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 023
北緯(日本測地系)度分秒 355154
東経(日本測地系)度分秒 1395546
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8682 139.9262
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19902020
調査面積(㎡)
42668
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
焼土遺構・炉穴3
竪穴住居跡3
貯蔵穴1
陥穴15
土坑9
主な遺物
縄文土器
石器
貝殻
特記事項 称名寺式の深鉢を埋設した竪穴住居跡、貝殻を伴った土坑、押出型ポイントなどが検出された。
種別
集落
散布地
時代
奈良
主な遺構
竪穴住居跡1
主な遺物
土師器
須恵器
砥石
特記事項
種別
時代
近世(細分不明)
主な遺構
井戸1
野馬土手1
野馬堀3
主な遺物
銭貨
陶器
内耳鍋
特記事項 遺跡南端には近世の野馬土手・堀が廻る。
遺跡名 西初石五丁目遺跡(18)〜(20)
遺跡名かな にしはついし5ちょうめいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市西初石五丁目62-5ほか
所在地ふりがな ながれやましにしはついし5ちょうめ62-5ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 045
北緯(日本測地系)度分秒 355212
東経(日本測地系)度分秒 1395508
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8732 139.9157
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20060626-20110520
調査面積(㎡)
16352.18
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
散布地
時代
旧石器
主な遺構
石器集中地点1
主な遺物
ナイフ形石器
石刃
石核
特記事項 9層を中心に石器群の分布が見られた。
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
土坑3
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 縄文時代の出土期は黒浜式を主体とする。
種別
時代
近世(細分不明)
主な遺構
野馬土手・堀2
溝1
シシ穴3
主な遺物
銭貨
陶器
特記事項 近世の遺構では野馬土手の一部とシシ穴を検出した。
遺跡名 東初石六丁目第1遺跡(1)〜(9)
遺跡名かな ひがしはついし6ちょうめだい1いせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市東初石六丁目186-13ほか
所在地ふりがな ながれやましひがしはついし6ちょうめ186-13ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 057
北緯(日本測地系)度分秒 355210
東経(日本測地系)度分秒 1395552
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8727 139.9279
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20030128-20090213
調査面積(㎡)
19094
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
集落
時代
縄文
主な遺構
陥穴1
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 縄文時代中期後半から晩期の土器や打製石斧が出土した。
種別
散布地
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝1
主な遺物
特記事項
遺跡名 十太夫第1遺跡(1)〜(6)
遺跡名かな じゅうだゆうだい1いせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市十太夫186ほか
所在地ふりがな ながれやましじゅうだゆう186ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 049
北緯(日本測地系)度分秒 355215
東経(日本測地系)度分秒 1395550
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.874 139.9273
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20000301-20050228
調査面積(㎡)
9994
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
土坑1
陥穴1
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 縄文時代早期〜後期の土器片が出土した。
種別
散布地
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝4
主な遺物
特記事項 土坑列を伴う溝が検出された。
遺跡名 十太夫第3遺跡(1)〜(7)
遺跡名かな じゅうだゆうだい3いせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市十太夫2-2ほか
所在地ふりがな ながれやましじゅうだゆう2-2ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 062
北緯(日本測地系)度分秒 355204
東経(日本測地系)度分秒 1395606
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.871 139.9318
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20080616-20120531
調査面積(㎡)
16992
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
散布地
時代
旧石器
主な遺構
主な遺物
ナイフ形石器
石核
特記事項 旧石器時代の石器が単独で3点出土した。
種別
集落
散布地
時代
縄文
近世(細分不明)
主な遺構
竪穴住居跡1
土坑4
礫集中1
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 縄文時代中期の竪穴住居跡が検出された。
種別
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝2
主な遺物
特記事項 近世の溝が検出された。
遺跡名 市野谷芋久保遺跡(1)〜(13)・(15)〜(20)
遺跡名かな いちのやいもくぼいせき
本内順位
遺跡所在地 千葉県流山市市野谷646-16ほか
所在地ふりがな ながれやましいちのや646-16ほか
市町村コード 12220
遺跡番号 021
北緯(日本測地系)度分秒 355151
東経(日本測地系)度分秒 1395516
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.8674 139.9179
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19971110-20121115
調査面積(㎡)
85254
調査原因 土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
散布地
時代
旧石器
主な遺構
石器集中地点46
主な遺物
ナイフ形石器、台形様石器、角錐状石器、局部磨製石斧、打製石斧
特記事項 旧石器時代は、5枚の文化層が検出された。そのうち、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ第1文化層は環状ブロック群を形成している。
種別
集落
散布地
時代
縄文
主な遺構
竪穴住居跡5
陥穴22
土坑33
焼土遺構1
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項 縄文時代前期黒浜式の土器を出土した竪穴住居跡が確認された。
種別
時代
近世(細分不明)
主な遺構
溝1
野馬堀・土手2
シシ穴9
火葬墓1
土坑6
主な遺物
銭貨
泥メンコ
馬骨
特記事項 近世小金牧の一部である野馬土手と馬骨を伴ったシシ穴等が確認された。
要約 [市野谷中島遺跡(1)〜(8) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[市野谷向山遺跡(1)〜(7) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[市野谷立野遺跡(1)〜(17) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[大久保遺跡(1)〜(10) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[西初石五丁目遺跡(18)〜(20) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[東初石六丁目第1遺跡(1)〜(9) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[十太夫第1遺跡(1)〜(6) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 
[十太夫第3遺跡(1)〜(7) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 

[市野谷芋久保遺跡(1)〜(13)・(15)〜(20) 要約]
今回報告する9遺跡は、江戸川支流域の源流域を囲むように所在している。時代ごとに調査成果を概観すると、旧石器時代では、市野谷芋久保遺跡と西初石五丁目遺跡から良好な資料が得られた。市野谷芋久保遺跡の第1文化層は、10層上部〜9層最下部に生活面を持つ環状ブロック群が形成されていた。縄文時代の遺構・遺物はすべての遺跡で見られる。前期黒浜式を主体として、晩期までの遺物が断続的に出土しているが、遺構の数は希薄である。その中にあって、市野谷向山遺跡の三角壔型土製品や大久保遺跡の有撮石器(押出型ポイント)などは、他地域との交流が窺える遺物として注目される。また、市野谷立野遺跡では、蛇行する坂川に近接する遺跡北西部において、大規模な礫群(早期〜前期)が検出されている。古墳時代は、市野谷向山遺跡から市野谷宮尻遺跡や市野谷入谷遺跡に続く中期の集落が検出されている。奈良・平安時代の竪穴住居跡は単独あるいはごく小規模な集落のみで単発的である。近世、この地域は小金牧の一つである上野牧に属しており、市野谷芋久保遺跡、市野谷立野遺跡、大久保遺跡、西初石五丁目遺跡から牧に関連する野馬土手、堀やシシ穴状遺構、溝状遺構などが検出された。 

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