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玉名平野遺跡群

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/115683
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.115683
引用表記 熊本県教育委員会 2022 『熊本県文化財調査報告345:玉名平野遺跡群』熊本県教育委員会
熊本県教育委員会 2022 『玉名平野遺跡群』熊本県文化財調査報告345
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書名 玉名平野遺跡群
発行(管理)機関 熊本県教育庁教育総務局文化課 - 熊本県
有償頒布・配布ページ http://www.kumamoto-bunho.jp/
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな たまなへいやいせきぐん
副書名 玉名立花線(河崎工区)活力創出基盤交付金(改築)事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告
巻次 1
シリーズ名 熊本県文化財調査報告
シリーズ番号 345
編著者名
編集機関
熊本県教育委員会
発行機関
熊本県教育委員会
発行年月日 20220315
作成機関ID 43000
郵便番号 8628609
電話番号 0963831111
住所 熊本県熊本市中央区水前寺6 丁目18 番1 号
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 玉名平野遺跡群
遺跡名かな たまなへいやいせきぐん
本内順位
遺跡所在地 熊本県玉名市秋丸、河崎
所在地ふりがな くまもとけんたまなしあきまる、かわさき
市町村コード 43206
遺跡番号 483
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 325604.8
東経(世界測地系)度分秒 1303410.6
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 32.934666 130.569611
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20200707-20201016
20201209-20210129
調査面積(㎡)
1596
調査原因 道路拡幅
遺跡概要
種別
集落
田畑
時代
弥生
古代(細分不明)
主な遺構
甕棺墓
竪穴建物
土壙墓
水田
主な遺物
器台
高坏
土師器
須恵器
特記事項
要約  玉名平野遺跡群では、調査1 区で古代の竪穴建物1 棟、土坑墓1 基を検出した。土坑墓には1 体の人骨が残存しており、20 歳代前半の男性である。伸展葬で木棺墓の可能性もある墓である。また1 区では、弥生時代の竪穴建物1棟、甕棺墓1基、土器廃棄土坑3基、他を検出した。甕棺墓の棺体は、黒髪式の台付甕を合わせており、中にあった人骨は乳児であった。
 建物と墓は菊池川の自然堤防上の微高地にあたり今回調査の平地では見られないことから、弥生時代と古代においては集落が菊池川右岸の彎曲部内側の自然堤防上に広がっていたものと考えられる。調査2 区では、中世の水田及び古代の水田を確認した。
 第2 次調査においても中世及び近世の水田を確認している。古代、古墳、弥生時代の遺物包含層は確認できるものの、水田層が確認できていない。このことから、今回の調査範囲において広く稲作が営まれているのは中世以降で、古代は局所的に稲作が営まれていたと言えるだろう。

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