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市ノ上東屋敷遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/57889
引用表記 久留米市教育委員会教育文化部文化財保護課 2005 『久留米市文化財調査報告書208:市ノ上東屋敷遺跡』久留米市教育委員会
久留米市教育委員会教育文化部文化財保護課 2005 『市ノ上東屋敷遺跡』久留米市文化財調査報告書208
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ファイル
書名 市ノ上東屋敷遺跡
発行(管理)機関 久留米市 - 福岡県
有償頒布・配布ページ https://www.city.kurume.fukuoka.jp
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな いちのうえひがしやしきいせき
副書名 発掘調査概要報告書
巻次
シリーズ名 久留米市文化財調査報告書
シリーズ番号 208
編著者名
編集機関
久留米市教育委員会教育文化部文化財保護課
発行機関
久留米市教育委員会
発行年月日 20050228
作成機関ID 40203
郵便番号 8308520
電話番号 0942309225
住所 福岡県久留米市城南町15-3
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 市ノ上東屋敷遺跡
遺跡名かな いちのうえひがしやしきいせき
本内順位 1
遺跡所在地 久留米市合川町1853-1他8筆
所在地ふりがな ふくおかけんくるめしあいかわまち1853-1ほか8
市町村コード 40203
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 331906
東経(世界測地系)度分秒 1303200
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 33.318333 130.533333
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20020605-20030219
調査面積(㎡)
1475
調査原因 市有地売却
遺跡概要
種別
集落
時代
縄文
主な遺構
土坑 13基
主な遺物
縄文土器
石器
特記事項
種別
集落
社寺
時代
弥生
主な遺構
竪穴住居 18軒以上
掘立柱建物  2棟
土坑  7基
溝 2条
主な遺物
弥生土器
特記事項
種別
集落
社寺
時代
古墳
主な遺構
掘立柱建物  2棟
方形区画溝 1基
溝 1条
主な遺物
土師器
鉄器
青銅器
特記事項
種別
集落
社寺
時代
奈良
主な遺構
土坑 1基
主な遺物
土師器
須恵器
特記事項
種別
集落
社寺
時代
鎌倉
主な遺構
溝 1条
主な遺物
国産陶磁器
特記事項
種別
集落
社寺
時代
江戸
明治
主な遺構
石段
玉垣
鳥居
主な遺物
国産陶磁器
特記事項 古墳時代初頭の方形区画溝を検出。
要約  高良山から筑後川左岸へ向かって延びる台地の東端部を調査。縄文時代の土坑(落とし穴)、弥生時代の竪穴住居、掘立柱建物、土坑、溝、古墳時代の掘立柱建物、方形区画溝、溝、奈良時代の土坑、鎌倉時代の溝、江戸~明治時代の神社関連遺構など多彩な遺構が検出された。
 これらの遺構の中で特に注目されるのが、調査区西半部で検出された方形区画溝である。この区画は幅1.0~1.6m、深さ30~40cm、断面は逆台形状を呈する溝によって構成され、平面形は西側がやや広がった方形を呈しているため、一辺の心々距離は22.8~25.5mを測る規模を有する。北側溝の中央部やや西寄りの部分は溝を掘り残し、出入口と考えられる土橋を設けている。区画溝の時期は、西辺溝と北東隅付近からまとまって出土した土師器から古墳時代初期と考えられる。区画内部からは、同時存在した可能性がある掘立柱建物1棟、柵列が検出されているが、確実に区画と一体の施設とは判断できない。
 但し、区画内において建物・柵列の有無に係わらず、方形区画を設けることによって、当該期に他とは区別された空間を集団の中に設定する意識は明確に看取され、その性格は公的な広場や儀式空間、豪族居館などが考えられる。

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