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和歌山城跡第18次発掘調査報告書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/27735
引用表記 公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団 2015 『和歌山市文化スポーツ振興財団発掘調査報告書5:和歌山城跡第18次発掘調査報告書』公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団
公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団 2015 『和歌山城跡第18次発掘調査報告書』和歌山市文化スポーツ振興財団発掘調査報告書5
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ファイル
書名 和歌山城跡第18次発掘調査報告書
発行(管理)機関 (公財)和歌山市文化スポーツ振興財団 - 和歌山県
書名かな わかやまじょうあとだい18じはっくつちょうさほうこくしょ
副書名
巻次
シリーズ名 和歌山市文化スポーツ振興財団発掘調査報告書
シリーズ番号 5
編著者名
編集機関
公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団
発行機関
公益財団法人和歌山市文化スポーツ振興財団
発行年月日 20150925
作成機関ID
郵便番号 640-8227
電話番号 073-435-1152
住所 和歌山県和歌山市西汀丁36番地 
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 和歌山城跡第18次
遺跡名かな わかやまじょうあと
本内順位
遺跡所在地 和歌山県和歌山市九番丁
所在地ふりがな わかやまけんわかやましきゅうばんちょう
市町村コード 302015
遺跡番号 379
北緯(日本測地系)度分秒 341439
東経(日本測地系)度分秒 1351011
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.2475 135.167
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20130107-20130410
調査面積(㎡)
918.84
調査原因 ビル建設
遺跡概要
種別
城館
時代
古墳
主な遺構
包含層
主な遺物
須恵器甕
特記事項 当遺跡で初めて確認した水田跡の調査。
種別
城館
時代
平安
鎌倉
主な遺構
水田
主な遺物
瓦器椀
特記事項 久野八兵衛上屋敷・上野七大夫屋敷地を調査。
種別
時代
江戸
主な遺構
廃棄土坑
礎石据付穴
柱穴
塵穴
主な遺物
輸入陶磁器
国産陶磁器
近世土師器
土製品
動物遺存体
特記事項
要約 [和歌山城跡第18次 要約]
今回の調査では、文献資料に残る久野八兵衛上屋敷・上野七大夫屋敷地を調査した。敷地西端を区切る塀を構成する2時期の柱列や雨落ち溝を検出した。桑山期の足跡や土坑、粘土採掘坑を検出した。17世紀前半になると建物を構成した礎盤を有する柱穴と礎石据付穴が確認できる。17世紀後半から調査地東半を中心に廃棄土坑が多く掘削される。18世紀中期後半には塵穴、石敷、埋甕等を検出しており、茶室が設けられていた可能性がある。その後、18世紀後期後半から幕末にかけて、これらの遺構を壊して廃棄土坑が掘削されている。17世紀後半から幕末までの全期を通して調査区西半で建物を構成した礎石据付穴を、東半で廃棄土坑を多く検出できる。明治15年までには屋敷の解体がおこなわれたようで、解体に伴う明治初頭までの遺物しか含まない大型の廃棄土坑を検出した。その後に建てられた病院の土塀、昭和初期に堆積した洪水砂も検出した。部分的な調査ではあったが、下層の調査において、当遺跡で初めて平安時代後期から鎌倉時代にかけての水田を検出し、遺構は検出できなかったが、古墳時代の包含層を確認した。

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