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河原口坊中遺跡 

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/27843
引用表記 かながわ考古学財団 2014 『かながわ考古学財団調査報告300:河原口坊中遺跡 』かながわ考古学財団
かながわ考古学財団 2014 『河原口坊中遺跡 』かながわ考古学財団調査報告300
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ファイル
書名 河原口坊中遺跡 
発行(管理)機関 (公財)かながわ考古学財団 - 神奈川県
書名かな かわらぐち ぼうじゅう いせき
副書名 相模川河川改修事業に伴う発掘調査
巻次 第4次調査
シリーズ名 かながわ考古学財団調査報告
シリーズ番号 300
編著者名
編集機関
かながわ考古学財団
発行機関
かながわ考古学財団
発行年月日 20140228
作成機関ID
郵便番号 232-0033
電話番号 045-252-8689
住所 神奈川県横浜市南区中村町3丁目191番地1
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 河原口坊中遺跡 第4次調査
遺跡名かな かわらぐちぼうじゅういせき
本内順位
遺跡所在地 神奈川県海老名市河原口47番地他
所在地ふりがな かながわけんえびなしかわらぐち
市町村コード 14215
遺跡番号 52
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 352658.6
東経(世界測地系)度分秒 1392224.7
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.449611 139.373527
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
20100101-20100930
20110301-20111228
調査面積(㎡)
634
調査原因 道路建設
遺跡概要
種別
集落
時代
弥生
古墳
主な遺構
竪穴建物址93
方形溝1
溝5
焼土址1
集石土坑1
土坑92
ピット206
旧河道1
主な遺物
弥生土器
石器
金属製品
木製品
特記事項 弥生時代中期〜古墳時代前期の竪穴建物址を多数検出。ほとんどの建物址が重複
種別
集落
時代
奈良
平安
主な遺構
竪穴建物址24
掘立柱建物址2
焼土址1
土坑57
ピット202
主な遺物
土師器
須恵器
灰釉陶器
金属製品
特記事項 調査区北西部にて重複した竪穴建物址を検出
種別
集落
時代
中世(細分不明)
主な遺構
掘立柱建物址2
柱穴列1
竪穴状遺構7
溝9
井戸4
焼土址1
集石土坑4
土坑89
ピット343
主な遺物
陶磁器
石製品
金属製品
古銭
特記事項 多数のピットが含まれる13・14世紀の遺構群
種別
時代
近世(細分不明)
近代(細分不明)
主な遺構
畝4
溝2
井戸2
土坑2
ピット1
主な遺物
陶磁器
石製品
金属製品
特記事項 井戸址を伴う耕作地
要約 [河原口坊中遺跡 第4次調査 要約]
河原口坊中遺跡は、相模川左岸の自然堤防上に立地し、弥生時代から利用されていたと考えられる。弥生時代中期〜古墳時代前期には、集落跡のほぼ中央に位置し、奈良・平安時代にかけては、集落跡の東部に位置したと考えられる。中世になると、溝状遺構に区画された屋敷地の様相を呈する。近世以降には井戸址を伴う耕作地として利用され現在に至る。本調査区においても、弥生時代〜古墳時代の遺構群は濃密であるが、加えて、本調査区では、中世の痕跡も濃密であり、河原口地区の中世を解明する上で良好な資料として評価できる。。 

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