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柏北部東地区埋蔵文化財発掘調査報告書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/97166
引用表記 千葉県教育振興財団 2019 『千葉県教育振興財団調査報告775:柏北部東地区埋蔵文化財発掘調査報告書』千葉県教育振興財団他
千葉県教育振興財団 2019 『柏北部東地区埋蔵文化財発掘調査報告書』千葉県教育振興財団調査報告775
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ファイル
書名 柏北部東地区埋蔵文化財発掘調査報告書
発行(管理)機関 (公財)千葉県教育振興財団文化財センター - 千葉県
書名かな かしわほくぶひがしちくまいぞうぶんかざいはっくつちょうさほうこくしょ
副書名 柏市小山台遺跡B区 縄文時代以降編
巻次 15
シリーズ名 千葉県教育振興財団調査報告
シリーズ番号 775
編著者名
編集機関
千葉県教育振興財団
発行機関
千葉県教育振興財団
都市再生機構首都圏ニュータウン本部
発行年月日 20190315
作成機関ID 122289
郵便番号 2840003
電話番号 0434244848
住所 千葉県四街道市鹿渡809-2
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 小山台遺跡B区
遺跡名かな こやまだいいせき
本内順位
遺跡所在地 柏市大室字小山台563-1ほか
所在地ふりがな かしわしおおむろあざこやまだい563-1ほか
市町村コード 12217
遺跡番号 020
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 355425
東経(世界測地系)度分秒 1395741
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 35.906944 139.961388
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19990901-20170228
調査面積(㎡)
63781
調査原因 柏北部東地区土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財調査
遺跡概要
種別
集落
散布地
時代
縄文
古墳
平安
鎌倉
南北朝
室町
戦国
江戸
近代(細分不明)
主な遺構
竪穴住居跡
土坑
炉穴
陥穴
方形周溝区画墓
土坑墓
地下式坑
粘土貼土坑
井戸
シシ穴
掘立柱建物跡
礎石建物跡
主な遺物
尖頭器
ナイフ形石器
台形様石器
削器
掻器
縄文土器
土偶
土器片錘
石斧
石鏃
有撮石器
石匙
異形石器
大珠
垂飾
石棒
石剣
カワラケ
擂鉢
中国青磁
瀬戸・美濃陶器
板碑
銭貨
特記事項  大量に出土した縄文土器や石器とともに、翡翠製大珠5点が出土し、県内ではほかに例がない。この他、旧石器時代の石槍を縄文時代に再加工した石器などが出土した
 方形周溝区画墓は、区画中央の埋葬施設出土のカワラケから、12世紀代に築造されたとみられる。埋葬施設に時期が推定される手掛かりとなる遺物を伴う貴重な例である。多様な形状の地下式坑には、東葛地域特有の平面形態である逆T字形の地下式坑も含まれていた。
要約  小山台遺跡は、現利根川の右岸台地上に立地する。便宜上、遺跡中央付近の西から入る谷で南北に分け、本書は南側(B区)の縄文時代以降についての調査成果である。
 縄文時代早期後半~後期前葉の遺構とこれに伴う多数の遺物を出土した。中心となるのは、中期中葉から形成が始まる2つの環状集落で、遺構が存在しない広場と想定される空間を中心に、内側に土坑群、外側に竪穴住居を配する構造である。南側の環状集落は、最盛期には直径120m~130mに達する。出土遺物には、翡翠製大珠5点を含む滑石製大珠・垂飾品・土偶などがあり、これら出土遺物と規模・存続期間を考え合わせ、この地域の拠点的集落として位置づけられよう。
 縄文時代以降、古代に至るまで閑散とした景観となっていたが、中世になると再び利用が始まる。中世の遺構は、遺跡東側境となっている主要道沿いに展開していた。最も古いとみられるのは、12世紀の方形周溝区画墓で、その後15世紀~16世紀末に至るまで土坑墓群、地下式坑群がつくられ、館の存在を推測させる堀も確認された。近世になると、西側谷津沿いを中心に区画溝やシシ穴列が構築され、土坑墓も台地各地に広がりをみせる。遺跡北東部には、中世から続く「吉祥院」が現在も所在し、本遺跡で確認した中世~近世の遺構群はこれとの関連が考えられるものである。

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