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発行機関一覧 (都道府県別) > 茨城県 > 八千代町 > 栗山矢尻古墳 発掘調査報告書

栗山矢尻古墳 発掘調査報告書

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/72522
引用表記 八千代町教育委員会 1976 『八千代町埋蔵文化財調査報告書1:栗山矢尻古墳 発掘調査報告書』八千代町教育委員会
八千代町教育委員会 1976 『栗山矢尻古墳 発掘調査報告書』八千代町埋蔵文化財調査報告書1
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ファイル
書名 栗山矢尻古墳 発掘調査報告書
発行(管理)機関 八千代町 - 茨城県
書名かな くりやまやじりこふん はっくつちょうさほうこくしょ
副書名
巻次 1
シリーズ名 八千代町埋蔵文化財調査報告書
シリーズ番号 1
編著者名
編集機関
八千代町教育委員会
発行機関
八千代町教育委員会
発行年月日 19760000
作成機関ID 08521
郵便番号 3003572
電話番号 0296480525
住所 茨城県結城郡八千代町大字菅谷1170番
報告書種別
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
資料タイプ Research Paper
発掘調査報告 掲載されている(発掘調査報告書総目録の掲載対象)
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 栗山矢尻古墳
遺跡名かな くりやまやじりこふん
本内順位
遺跡所在地 茨城県結城郡八千代町大字栗山字矢尻624番
所在地ふりがな いばらきけんゆうきぐんやちよまちおおあざくりやまあざやじり624ばん
市町村コード 08521
遺跡番号 067-3
北緯(日本測地系)度分秒 360838
東経(日本測地系)度分秒 1395450
北緯(世界測地系)度分秒
東経(世界測地系)度分秒
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 36.1471 139.9106
※当該位置周辺を表示し、同一名称の遺跡データが存在する場合は遺跡をポイント表示します。
調査期間
19760316-19760325
調査面積(㎡)
140
調査原因 耕作中の石棺発見
遺跡概要
種別
古墳
時代
古墳
主な遺構
円墳1基
周溝
箱式石棺1基
主な遺物
木片及び金属片が数片
特記事項 直径約24mの円墳、墳丘はすでに消失
周溝幅約2m、深さ約30㎝
石棺内に人骨2体
要約  栗山矢尻古墳は、城山古墳群内の1基である。古墳群はかつて18基の古墳があったことが確認されているが、墳丘が現存するのは2基の円墳のみである。昭和30年代に当古墳群の白山塚という前方後円墳から、国重要文化財に指定されている人物埴輪が出土している。
 栗山矢尻古墳は、墳丘はすでに消失し平坦な畑地となっていたが、耕作中に石棺が発見された。トレンチ調査によって周溝の一部が確認され直径約24mの円墳であることが分かった。周溝の幅は約2m、深さは約30㎝である。
 石棺は地表から約60㎝の深さで発見された。扁平な板石を組み合わせた箱式石棺である。石材は黒雲母片岩である。石棺の頭は東北東に向いている。規模は内寸で、長さ約190㎝、幅は東端で約45㎝,西端で約48㎝である。石の枚数は、蓋石6枚、妻石各1枚、側石各3枚、床石6枚で、白色粘土で裏込めされている。石棺の内面は全面に朱が塗られている。
 石棺内に埋葬人骨が2体確認された。頭蓋骨の位置から2体とも東方に頭を向けて埋葬されたことが分かる。頭蓋骨の一つは<左頭頂部が大きく切断されていた。残された人骨や歯の状態から、一体は身長約175㎝と長身の50から60歳代の男性、もう一体は30歳代と推定された。
 石棺は八千代町歴史民俗資料館に移設復元されている。





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