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奈良文化財研究所紀要

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/20873
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DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.20873
引用表記 独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 2014 『奈良文化財研究所紀要:奈良文化財研究所紀要2014』独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所 2014 『奈良文化財研究所紀要2014』奈良文化財研究所紀要
ファイル
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書名 奈良文化財研究所紀要
発行(管理)機関 奈良文化財研究所 - 奈良県
有償頒布・配布ページ https://www.nabunken.go.jp/publication/goods.html
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな ならぶんかざいけんきゅうじょきよう
副書名
巻次 2014
シリーズ名 奈良文化財研究所紀要
シリーズ番号
編著者名
編集機関
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
発行機関
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
発行年月日 20140627
作成機関ID
郵便番号 6308577
電話番号 0742306753
住所 奈良市佐紀町247番1
報告書種別 b01.年報・紀要・研究論集・市史研究等・文化財だより
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収遺跡
遺跡名 藤原京右京七条一坊・四分遺跡
遺跡名かな ふじわらきょううきょうしちじょういちぼう・しぶいせき
本内順位 1
遺跡所在地 橿原市上飛騨町
所在地ふりがな かしはらしかみひだちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342946.10
東経(世界測地系)度分秒 1354817.58
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.496138 135.804883
調査期間
20130121-20130306
調査面積(㎡)
151
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
柱穴
土坑
主な遺物
木製品
土器
動植物遺存体
特記事項 173-4次。調査地区5AJH-L・S。
『紀要2014』調査区中央東寄りで検出した南北溝は、第168-9次調査で確認した南北溝から約7m西に位置し、これらが西一坊坊間路の両側溝となる可能性があるものの、検出範囲が狭く、また出土遺物が少なく詳細な時期決定ができないため、確定には至っていたらなかった。
(『紀要2013』より:大和紀伊平野土地改良事業にともなう事前調査。今年度施工部分120mのうち、20m分は発掘対応、残りは立会調査とした。素掘溝7条、柱穴25基、土坑5基などを確認した。これらの遺構の多くは、藤原宮期以降のものと考えられる。)
遺跡名 キトラ古墳
遺跡名かな きとらこふん
本内順位 2
遺跡所在地 明日香村阿部山
所在地ふりがな あすかむらあべやま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342704.44
東経(世界測地系)度分秒 1354818.83
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.451233 135.80523
調査期間
20130218-20130227
調査面積(㎡)
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
古墳
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
朱線
梃子穴
石室南側の柱穴
地震痕跡
主な遺物
特記事項 173-8次。調査地区5ANI-P。
『2014』第173-8次調査は2004年5月に盗掘孔に設置された石室侵入装置を取り外し、装置により覆われていた盗掘孔周囲の状況確認を主な目的として調査を実施した。また第178-6次調査は第126・130次調査(2002・2003年度実施)の埋め戻し土を除去し、墓道部の3次元レーザー測量をおこなうとともに、墓道部遺構面の状況を再精査した。両調査とも奈文研と奈良県立橿原考古学研究所、明日香村教育委員会の3社が共同で実施した。石室内では新たに4本の朱線を確認し、南壁石の下辺では梃子穴を1カ所確認した。また石室南側の柱穴は、高松塚古墳や石のカラト古墳と同様で、同時期の終末期古墳の祭祀行為を復元する上で重要な成果といえる。加えて、墓道部では地震痕跡を確認し、地震により墳丘が損傷していることがあきらかとなった。墳丘の南側が大きく崩れているが、この崩落の主な要因も地震であったと推測できる。
(『紀要2013』2004年5月に盗掘孔に設置された石室進入装置を取り外し、装置により覆われていた盗掘孔周囲を中心に精査および記録作業をおこなった。また石室内の再精査も実施し、新たに50ヵ所以上で朱線を確認した。)
173-8次と178-6次、一括報告
遺跡名 甘樫丘東麓遺跡
遺跡名かな あまかしのおかとうろくいせき
本内順位 3
遺跡所在地 明日香村川原
所在地ふりがな あすかむらかわはら
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342835.48
東経(世界測地系)度分秒 1354851.74
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.476522 135.814372
調査期間
20121203-20130327
20130603-20131206
調査面積(㎡)
1038
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
建物
炭溜
土坑
石群
主な遺物
土器
木製品
金属製品
動植物遺存体
銭貨
土馬
石製品
特記事項 177次。調査地区5AKG-J・K。
以下の遺構変遷が認められた。
ア.谷を切土・盛土し平坦面を造り、建物1・2を造る
イ.建物1が廃絶し、溝1を造る
ウ.溝1を埋め立て平坦面に盛土を施し整地し、土坑群が掘られる
エ.すべての遺構が廃絶し、堆積土で覆われる
 谷の埋立土からは7世紀前半から中頃の遺物が出土していることから、アの平坦面の造成は7世紀中頃とみられる。一方で、エの堆積土のうち、遺構面直上の土からも7世紀中頃を降る遺物が確認されないことから、ア~ウの平坦面に造られた遺構の廃絶は7世紀中頃をあまり降らない時期とみられ、調査地は非常に短い期間で利用されなくなったと考えられる。なお、調査区西部では、エの堆積土中から多数の石が出土した。人頭大の石を中心とし最大で0.5mの石を含む。調査地の周辺で何らかの施設に使用されていた石が崩落した、あるいは投棄されたものと考えられる。
 このように、調査地では7世紀中頃に谷を大規模に造成して平坦面を造り、建物を建てるなどの土地利用がおこなわれていたことが明らかとなった。建物1は総柱建物で、高床の建物の可能性が考えられる。
 また、調査地が存在する谷は、2011年度まで継続して調査をおこなってきた南の谷より面積が狭いが、同様に切土・盛土などの造成をおこない、様々な施設を造り活発に利用していたことが明らかとなった。この結果、7世紀の甘樫丘は、広範囲にわたって大規模な造成をともなう開発がなされていた可能性がより強くなった。
遺跡名 藤原宮朝堂院朝庭
遺跡名かな ふじわらのみやちょうどういんちょうてい
本内順位 4
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343004.59
東経(世界測地系)度分秒 1354828.85
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.501275 135.808013
調査期間
20130408-20130528
20130917-20140319
調査面積(㎡)
1430
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
藤原宮朝堂院朝庭礫敷広場
沼状遺構
柱列
主な遺物
土器
建築部材
動植物遺存体
金属製品
特記事項 179次。調査地区5AJF-N。
まとめ
①朝庭の礫敷広場と排水用の溝、東西柱列を検出 
 藤原宮期朝堂院朝庭の礫敷広場、排水用の東西溝(礫詰の暗渠)を検出した。暗渠は西側の調査区から続くもので、さらに調査区の東側へと延びる。また、礫敷上から掘り込まれた東西方向の柱列を検出した。柱穴は小規模であるが、長さは確認できただけでも54mに及ぶ。朝庭の利用のあり方を考える上で、貴重な手がかりを得ることができた。
②礫敷広場の下層で、大小の沼状遺構が隣接していることが判明 
 礫敷広場の下層で、大小の沼状遺構を検出した。従来は1つの大きな沼状遺構が存在すると考えていたが、今回の調査で、複数の沼状遺構が隣接していることが明らかとなった。沼状遺構相互の関係や全体としての性格については、今後の課題である。
遺跡名 檜隈寺周辺
遺跡名かな ひのくまでらしゅうへん
本内順位 5
遺跡所在地 明日香村檜前
所在地ふりがな あすかむらひのくま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342723.36
東経(世界測地系)度分秒 1354813.00
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.456488 135.803611
調査期間
20140109-20140317
調査面積(㎡)
295
調査原因 公園整備
遺跡概要
種別
社寺
時代
飛鳥白鳳
中世(細分不明)
主な遺構
建物
土坑
主な遺物
土器
石製品
金属製品
木炭
特記事項 180次。調査地区5BHQ-B・Q。
檜隈寺伽藍南側では主に古代と中世初頭の2時期に建物等が建立されたことが判明した。檜隈寺中心伽藍の創建と、古代末から中世におけるその改修というこれまでの檜隈寺造営史を追認するとともに、新しい知見を追加した。
・A区(斜面部)の丘陵中腹では、厚く堆積する中世包含層を除去した地山面で古代と推定される掘立柱建物(建物1・2)・掘立柱塀(塀1)を検出した。檜隈寺回廊東南隅の外側に位置し、丘陵頂部より一段低い斜面中腹を削り出して建物や塀を建てていることが分かった。建物方位は檜隈寺伽藍の振れに概ね一致する。一方、A区でも丘陵頂部および下部では小型で不整円形の柱穴からなる掘立柱建物(建物3・4)を建てており、場所によって時期の異なる遺構が展開している。
・B区(丘陵頂部)では、小型の柱穴からなる掘立柱建物(建物5~7)と、石で護岸した大土坑(大土坑2)およびそれに取りつくL字形の溝などを検出した。いずれも埋土に瓦器を含むことから、時期は中世初頭に降る。建物方位には多少のばらつきがあるが、檜隈寺伽藍の振れに概ね一致する。
・以上のように、檜隈寺伽藍の南側では、丘陵の頂部と斜面部、下部で時期の異なる遺構が認められた。丘陵頂部は地山が平坦にならされていること、近隣の調査区で地山がより高く残されている場所があることなどから、古代以前の遺構が水田化をはじめとする中世の造作で大規模に削平されていると推定される。B区で中世の遺構群が主となるのはこのためと考えられる。一方、A区の斜面中腹では、削平よりも斜面上方から流れ込む中世包含層の堆積が主であり、これが水田化の過程においても古代の遺構を一定程度保存した可能性がある。なお、丘陵下部では厚く堆積する中世包含層上面から掘り込まれたことの確認できる建物(建物4)があるが、古代の遺構は認められなかった。
遺跡名 本薬師寺
遺跡名かな もとやくしじ
本内順位 6
遺跡所在地 橿原市城殿町
所在地ふりがな かしはらしきどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342935.59
東経(世界測地系)度分秒 1354801.61
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.493219 135.800447
調査期間
20130607-20130627
調査面積(㎡)
70
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
社寺
時代
中世(細分不明)
近世(細分不明)
主な遺構
土坑
井戸
主な遺物
漆塗り木椀
建築部材
石材
特記事項 178-1次。調査地区5BMY-L・M。
調査区は本薬師寺講堂の南東隅にあたる想定であったが、講堂に関する遺構は検出されなかった。遺構検出面は川砂に由来する堆積層であり、この層下は湧水が著しい。基壇など講堂に関する遺構が存在する可能性は低く、講堂が河川の氾濫により流出したか、あるいは、本調査地よりもさらに北側に存在した可能性が考えられる。
遺跡名 藤原京右京七条一坊・藤原宮外周帯
遺跡名かな ふじわらきょううきょうしちじょういちぼう、ふじわらのみやがいしゅうたい
本内順位 7
遺跡所在地 橿原市上飛騨町
所在地ふりがな かしはらしかみひだちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342947.93
東経(世界測地系)度分秒 1354816.47
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.496647 135.804575
調査期間
20130805-20130913
調査面積(㎡)
120
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
主な遺物
土器
特記事項 178-2次。調査地区5AJH-R・S。
調査地は藤原京右京七条一坊および藤原宮外周帯に位置する。調査区中央付近で東西溝2条、調査区北側で東西溝2条、南北溝1条を検出した。調査区中央で検出した東西溝のひとつは六条大路南側溝の想定位置とほぼ一致する。調査区北側で検出した東西溝のひとつは六条大路北側溝の想定位置とほぼ一致するが、幅・深さともに小さく、条坊側溝と断定するに至らなかった。調査区北側の南北溝は西一坊大路東側溝の想定位置とほぼ一致し、西一坊大路東側溝である可能性が高い。
遺跡名 藤原京左京五条三坊・東二坊大路、五条条間路
遺跡名かな ふじわらきょうごじょうさんぼう・ひがしにぼうおおじ、ごじょうじょうかんじ
本内順位 8
遺跡所在地 橿原市木之本町
所在地ふりがな かしはらしきのもとちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343001.60
東経(世界測地系)度分秒 1354848.21
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.500444 135.813391
調査期間
20130701-20130719
調査面積(㎡)
132
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
土坑
主な遺物
土器
埴輪
動植物遺存体
特記事項 178-3次。調査地区5AJC-J。
本調査区において、藤原京東二坊大路の東側溝および五条条間路北・南側溝の可能性が高い溝を検出した。特に左京において五条条間路南北側溝の可能性を指摘できる遺構を同一地点で検出したことの意義は大きい。本調査で検出した東西溝が五条条間路両側溝である場合、既調査で検出されている路面幅よりもやや狭くなる。本調査での検出長が短い点やこれまでに左京においいて五条条間路の両側溝を確認した事例がないことを考慮すれば、今後の左京での調査成果をあわせ、慎重に検討を重ねていく必要がある。
遺跡名 藤原宮東方官衙北地区
遺跡名かな ふじわらのみやとうほうかんがきたちく
本内順位 9
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342940.56
東経(世界測地系)度分秒 1354818.25
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.4946 135.805069
調査期間
20130723-20130809
調査面積(㎡)
497
調査原因 整備工事
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-4次。調査地区5AJF-C・D。
多目的広場整備にともなう立会調査。3ヵ所の調査区(公園周囲の排水施設及び集水枡設置部分・公園表層改良部分・車止め及び集水枡設置部分)のいずれにおいても。掘削は遺構面に達せず、遺物の出土もないことを確認した。
遺跡名 藤原宮外周帯
遺跡名かな ふじわらのみやがいしゅうたい
本内順位 10
遺跡所在地 橿原市縄手町
所在地ふりがな かしはらしなわてちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343024.26
東経(世界測地系)度分秒 1354739.55
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.506738 135.794319
調査期間
20130917-20130920
調査面積(㎡)
66
調査原因 道路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-5次。調査地区5AJI-B。
道路改修にともなう立会調査で、調査地は藤原宮外周帯に位置する。地表下約1mまで掘削したが、現代の床土の範囲内で、遺構面に達しなかった。
遺跡名 キトラ古墳
遺跡名かな きとらこふん
本内順位 11
遺跡所在地 明日香村阿部山
所在地ふりがな あすかむらあべやま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342703.69
東経(世界測地系)度分秒 1354818.74
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.451025 135.805205
調査期間
20130918-20130926
調査面積(㎡)
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
古墳
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
朱線
梃子穴
石室南側の柱穴
地震痕跡
主な遺物
特記事項 178-6次。調査地区5ANI-P。
173-8次と178-6次、一括報告
『2014』第173-8次調査は2004年5月に盗掘孔に設置された石室侵入装置を取り外し、装置により覆われていた盗掘孔周囲の状況確認を主な目的として調査を実施した。また第178-6次調査は第126・130次調査(2002・2003年度実施)の埋め戻し土を除去し、墓道部の3次元レーザー測量をおこなうとともに、墓道部遺構面の状況を再精査した。両調査とも奈文研と奈良県立橿原考古学研究所、明日香村教育委員会の3社が共同で実施した。石室内では新たに4本の朱線を確認し、南壁石の下辺では梃子穴を1カ所確認した。また石室南側の柱穴は、高松塚古墳や石のカラト古墳と同様で、同時期の終末期古墳の祭祀行為を復元する上で重要な成果といえる。加えて、墓道部では地震痕跡を確認し、地震により墳丘が損傷していることがあきらかとなった。墳丘の南側が大きく崩れているが、この崩落の主な要因も地震であったと推測できる。
(『紀要2013』より:2004年5月に盗掘孔に設置された石室進入装置を取り外し、装置により覆われていた盗掘孔周囲を中心に精査および記録作業をおこなった。また石室内の再精査も実施し、新たに50ヵ所以上で朱線を確認した。)
遺跡名 藤原京左京三条三坊、東二坊大路
遺跡名かな ふじわらきょうさきょうさんじょうさんぼう、ひがしにぼうおおじ
本内順位 12
遺跡所在地 橿原市法花寺町
所在地ふりがな かしはらしほっけじちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343016.92
東経(世界測地系)度分秒 1354847.96
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.5047 135.813322
調査期間
20131105-20131206
調査面積(㎡)
400
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
古墳
飛鳥白鳳
主な遺構
土坑
主な遺物
土器
特記事項 178-7次。調査地区5AJA-K・L・M。
本調査区の南北約100mにわたり、東二坊大路東側溝の想定位置で南北溝を部分的に検出した。東二坊大路東側溝の遺構を広く確認したことで今後の調査に向け、信頼性の高いデータを得ることができた。
遺跡名 藤原宮外周帯
遺跡名かな ふじわらきゅうがいしゅうたい
本内順位 13
遺跡所在地 橿原市上飛騨町
所在地ふりがな かしはらしかみひだちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342949.22
東経(世界測地系)度分秒 1354816.36
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.497005 135.804544
調査期間
20131202-20131202
20131220-20131221
調査面積(㎡)
6
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-8次。調査地区5AJH-R。
大和紀伊平野土地改良事業にともなう立会調査。第178-2次の北に接する部分で、埋設管の交換のみの範囲を立会とした。掘削は既設管設置時の範囲にとどまり、遺構面に達しなかった。
遺跡名 藤原宮東方官衙北地区
遺跡名かな ふじわらきゅうとうほうかんがきたちく
本内順位 14
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343009.11
東経(世界測地系)度分秒 1354838.67
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.50253 135.810741
調査期間
20131219-20131219
調査面積(㎡)
2
調査原因 公園整備
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-9次。調査地区5AJF-C。
高殿町の公園における水飲み場設置工事にともなう立会調査。掘削範囲は1.5㎡。掘削は深さ30㎝で、保護盛土内にとどまり、遺構面に達しなかった。
遺跡名 藤原京右京七条一坊
遺跡名かな ふじわらきょううきょうしちじょういちぼう
本内順位 15
遺跡所在地 橿原市上飛騨町・高殿町
所在地ふりがな かしはらしかみひだちょう・たかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342940.65
東経(世界測地系)度分秒 1354824.33
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.494625 135.806758
調査期間
20140114-20140114
20140127-20140128
調査面積(㎡)
6
調査原因 水路改修
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-10次。調査地区5AJH-L。
大和紀伊平野土地改良工事にともなう立会調査。地表下1.75mで、約168-9次調査(2011年度)で検出した暗灰砂質土を確認し、地表下1.90mで地山と思われる暗灰粘土を確認したが、顕著な遺構、遺物は確認されなかった。
遺跡名 本薬師寺
遺跡名かな もとやくしじ
本内順位 16
遺跡所在地 橿原市城殿町
所在地ふりがな かしはらしきどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342937.51
東経(世界測地系)度分秒 1354757.53
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.493752 135.799313
調査期間
20140207-20140310
調査面積(㎡)
92
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
飛鳥白鳳
主な遺構
自然流路
主な遺物
土器
特記事項 178-11次。調査地区5BMY-K・L。
『紀要2014』個人住宅建設にともなう発掘調査。遺構面では、本薬師寺に関わる遺構は検出できなかった。その下層では、飛鳥時代以前の自然流路を検出した。詳細は『紀要2015』で報告予定。
『紀要2015』本調査地では本薬師寺に関連する飛鳥時代後半に位置づけられる遺構は確認できなかった。隣接する既調査地も同様の状況であり、西面僧房推定地周辺は遺構の希薄な現況であることが追認された。
遺跡名 檜隈寺周辺
遺跡名かな ひのくまでらしゅうへん
本内順位 17
遺跡所在地 明日香村檜前
所在地ふりがな あすかむらひのくま
市町村コード 294021
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 342722.42
東経(世界測地系)度分秒 1354810.86
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.456227 135.803016
調査期間
20140226-20140314
調査面積(㎡)
174
調査原因 公園整備
遺跡概要
種別
社寺
時代
主な遺構
柱穴
主な遺物
特記事項 178-12次。調査地区5BHQ-B・Q。
公園整備にともなう立会調査で、調査地は檜隈寺南方に位置する。地表下約1mまで掘削し、柱穴1基を確認した。一部地山面にまで達したが、そのほかに顕著な遺構は確認されなかった。
遺跡名 藤原宮東面中門
遺跡名かな ふじわらきゅうとうめんちゅうもん
本内順位 18
遺跡所在地 橿原市高殿町
所在地ふりがな かしはらしたかどのちょう
市町村コード 292052
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 343005.03
東経(世界測地系)度分秒 1354844.87
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.501397 135.812463
調査期間
20140327-20140327
調査面積(㎡)
2
調査原因 看板設置
遺跡概要
種別
宮都
時代
主な遺構
主な遺物
特記事項 178-13次。調査地区5AJB-U。
藤原宮跡整備にともなう立会調査。掘削面積は1.9㎡、深さは60㎝。保護盛土内にとどまり、遺構面に達しなかった。
遺跡名 平城宮東院地区
遺跡名かな へいじょうきゅうひがしいんちく
本内順位 19
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344128.70
東経(世界測地系)度分秒 1354803.73
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.691305 135.801036
調査期間
20121217-20130522
調査面積(㎡)
1015
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
建物
東西溝
通路
壇状遺構
礫敷
回廊
方形土坑
建物
主な遺物
軒丸瓦
軒平瓦
丸瓦
平瓦
道具瓦
木製品
金属製品
治金関連
銭貨
植物遺体
木炭
礎石類
柱根
軒丸瓦
特記事項 503次。調査地区6ALR-G、6ALQ-H。
今回の東院地区の発掘調査の主要な成果は以下の3点である。
① 6期の中枢部を区画する回廊を確認した。今回の調査により、南の第401・423次調査区で検出した長大な南北棟建物は、東西方向へと続く回廊であることが明らかになり、その北西隅を確認したこととなる。これにより、6期の東院中枢部が回廊に区画されていたこと、中枢施設が今回の調査区の南東側に位置することが明らかになった。奈良時代末頃、東院地区には宝亀4年( 773 )に完成した光仁天皇の「楊梅宮」があり、今回検出した回廊は、この「楊梅宮」を区画する施設である可能性が高い。第423・401次調査で検出した南北棟建物B19116・SB18916、東西棟建物SB19090は、柱配置などから回廊と同時期に位置づけられ、回廊に囲まれた空間内部の施設を構成する建物とみられる。これらの建物配置からは、宝亀5年(774)に「楊梅宮」で五位以上の宴を催した際に 出羽の蝦夷・俘囚を饗した「朝堂」と関連する可能性が考えられる。今後この回廊に囲まれた内部の施設や周辺の建物など「楊梅宮」の実態を明らかにする必要がある。また、この回廊は掘立柱の単廊形式の建物とみられる。梁行約6.0m (20尺)の異例の規模であり、同様の建物が確認されているのは東院3期( 4期まで及ぶ可能性がある)の中枢施設を囲む回廊のみである。また、梁行は約3.0m ( 10尺)であるが、東院5期の中枢施設を囲む回廊も掘立柱の単廊形式をとる。これらから、東院地区の中枢部では、3期以降、複数回の建て替えにも関わらず、単廊形式の回廊で区画する施設が建てられていたことが分かる。これは、規模や位置を変えながらも、回廊で囲まれた空間が継続的に使用されていたことを示し、儀式や饗宴の場として利用された東院地区中枢部の性格の一端を示唆すると考えられる。②平瓦を外装とする壇状遺構を確認した。平城宮内において、平瓦を外装とする壇状遺構の検出は初めてである。亀腹状の土壇を保護するための手法とみられる。この壇状遺構については、礎石の据え付け・抜き取り痕跡など建物の柱位置に関する痕跡はなく、上部構造は不明である。また、規模が比較的小規模であり、性格については、さらなる検討が必要である。③東院地区西辺部と中枢部の空間利用の変遷に関する手がかりを得た。今回の調査では、東院地区西辺部と、回廊に囲まれる中枢部との空間利用の違いが明らかになり、両者の規模や建物配置が時期により変化していることが明らかになった。これらの成果は、東院地区全体の空間利用の実態を解明する上で重要な手がかりとなる。

遺跡名 西大寺旧境内(重点地区)
遺跡名かな さいだいじきゅうけいだい(じゅうてんちく)
本内順位 20
遺跡所在地 奈良市西大寺小坊町
所在地ふりがな ならしさいだいじこぼうちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344141.58
東経(世界測地系)度分秒 1354642.86
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.694883 135.778572
調査期間
20120212-20130426
調査面積(㎡)
262.5
調査原因 共同住宅建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
主な遺構
金堂院軒廊
金堂院西面回廊
南北溝
東西溝
瓦敷き
瓦土坑
整地下層
整地上層
主な遺物
灯火器
蹄足円面硯
漆付着土器
製塩土器
軒丸瓦
軒平瓦
丸瓦
平瓦
緑釉瓦
凝灰岩礫片
柱根
木製品
金箔貼半円棒
部材片
杓子
曲物
沙波理飾金具
鉄角釘
元符通寶
特記事項 505次。調査地区6BSD-P。
本調査区は薬師金堂跡の西方約10mに位置し、金堂院に関連する遺構の存在が予想されていた。発掘調査の結果、礎石据付穴や雨落溝など薬師金堂の西妻に取りつく軒廊と西面回廊に関連する遺構が検出された。後世の耕作などによって基壇土は削平されてしまっていたものの、薬師金堂に取りつく軒廊が従来想定されていた単廊ではなく複廊であること、西面回廊の位置が確定したことは、これまで『西大寺資財流記帳』(780年成立)などの文献から類推するほかなかった西大寺中枢伽藍の実態に迫っていく上で極めて高い学術的意義をもつ。整地最上層内出土遺物から薬師金堂の建立当初には西面回廊一帯の整地が完了していなかった可能性が高いことが明らかとなったことも、金堂院の、ひいては西大寺の創建過程を考える上で重要な知見である。
 また西大寺に関連する遺構面の下層に3期に渡る整地面を確認した。部分的な調査に留まるため各期の建物の詳細は不明であるが、柱穴の抜き取り出土遺物からみて、いずれも奈良時代のものとみられる。平城遷都後、一帯に複数回に渡って大規模な整地がなされ、西大寺創建以前までの間、宅地として利用されていたのであろう。
これまでの西大寺旧境内の調査においては、薬師金堂跡を除くと西大寺金堂院に直接関連する遺構は確認されたことがなかった。しかしながら本調査成果をふまえれば、調査区周辺には金堂院に関連する遺構が良好に遺存している可能性が高い。また西大寺創建以前にこの一帯が宅地として利用されていたことも明らかとなった。西大寺中枢伽藍の建立された調査地付近の位置的重要性は明らかであり、今後も周辺地の調査においては、遺構の確認に細心の注意を払うべきであろう。
遺跡名 平城京左京三条一坊九坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼうきゅうつぼ
本内順位 21
遺跡所在地 奈良市二条大路南
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344109.28
東経(世界測地系)度分秒 1354753.38
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.685911 135.798161
調査期間
20130401-20130405
調査面積(㎡)
33
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
弥生
古墳
主な遺構
土坑
東西溝
南北溝
主な遺物
土釜
瓦質擂鉢
天目茶碗
染付
軒瓦
丸瓦
隅木蓋瓦片
磨製石斧
砥石片
特記事項 510次。調査地区6AFJ-H。
今回は奈良時代の遺構は認められなかったが、調査区南東部で検出した弥生時代前期の遺物をともなう遺構が注目される。調査地北西に位置する兵部省地区から南西にかけての一帯は、自然流路にはさまれた微高地で、弥生時代前期から古墳時代にかけて集落が形成されたと考えられる。本調査では、兵部省下層の集落の広がりを考えるうえで興味深い成果を得た。
遺跡名 平城京左京一条二坊十五坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょういちじょうにぼうじゅうごつぼ
本内順位 22
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344137.43
東経(世界測地系)度分秒 1354819.84
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.69373 135.805511
調査期間
20130402-20130408
調査面積(㎡)
25
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
古墳
飛鳥白鳳
奈良
主な遺構
坪内道路
東西溝
土坑
主な遺物
軒丸瓦
軒平瓦
土器片
特記事項 511次。調査地区6BFO-E。
限られた調査面積であったが、左京一条二坊十五坪を東西に二分する坪内道路とその東側を検出した。坪内道路は一部で舗装とみられる土が遺存しており、また東側溝では一部ではあるものの護岸が依存しているなど、遺構の遺存状況も比較的良好であった。平城京の条坊を復元する上でのひとつのデータを得ることができたといえる。
遺跡名 阿弥陀浄土院
遺跡名かな あみだじょうどいん
本内順位 23
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344124.89
東経(世界測地系)度分秒 1354815.28
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.690247 135.804244
調査期間
20130408-20130411
調査面積(㎡)
36
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
主な遺構
柱穴
東西溝
主な遺物
転用硯B杯
瓦質土器
大和H型
大和I型
赤土器
白土器
灯明皿
軒丸瓦
特記事項 512次。調査地区6BFK-G。
本調査では柱穴1基のみ検出したにとどまるが、奈良時代の遺構が残っていることが確認できた。周辺では宅地化が急速に進行しているが、阿弥陀浄土院の様相をあきらかにするために、今後も当該坪において調査を積み重ねていく必要がある。
遺跡名 平城宮北方
遺跡名かな へいじょうきゅうほくほう
本内順位 24
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344148.33
東経(世界測地系)度分秒 1354736.88
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.696758 135.793577
調査期間
20130417-20130425
調査面積(㎡)
45
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
土坑
主な遺物
軒平瓦
土器
特記事項 513次。調査地区6ASA-A・B。
個人住宅建設にともなう調査。東西9m、南北5mの調査区を設定した。地表下約40㎝(H=78.5m)で地山を検出し、地山上面で遺構を検出した。調査区北壁際で東西長約3.5m、深さ約0.5mの性格不明の土坑を検出し、埋土下半から奈良時代の軒平瓦や15世紀後半~16世紀前半頃の羽釜が出土した。その他、調査区西辺では近世の耕作に関わるとみられる南北小穴列2条を検出した。
遺跡名 平城京左京二条二坊十五坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうにじょうにぼうじゅうごつぼ
本内順位 25
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344123.60
東経(世界測地系)度分秒 1354818.51
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.689888 135.805141
調査期間
20130423-20130604
調査面積(㎡)
461
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
掘立柱建物
主な遺物
カワラケ
瓦質土器
土釜
下駄
曲げ物
鬼瓦
特記事項 514次。調査地区6BFK-F・G。
奈良時代の遺構は部分的な検出にとどまったものの、残存する柱材の大きさは平城宮内のものに匹敵し、建物の規模の大きさをうかがわせる。初例ともなる三彩鬼瓦をはじめ、この坪内での三彩瓦の出土は平城宮内においても見出しがたいほどである。出土した土師器に暗文を施すものが目立つ点などから、おもに奈良時代前半に大規模な建物群が展開していたことが想定される。阿弥陀浄土院や法華寺の位置関係からみて、十五坪が法華寺、あるいはその前身の不比等邸と一連の占地であったことを裏付けるものといえよう。また、今次調査であきらかとなった室町時代後半の溝は、狭い範囲を縦横に巡らされていた。出土した遺物は多様で、周辺に集落が形成されていた可能性を示唆する。大和における中世の環濠集落は187カ所に及ぶとされ、成立時期は南北朝以後の動乱期と推定されている。こういった環濠集落には「垣内」などの字名を残すことが多いことも指摘されている。調査区周辺の字名をみると、当該より北の法華寺寄りで寺垣内や城ノ内、南西の平城宮東院寄りでは宮垣内など、「垣」や「城」を残す小字が目立つ点は興味深い。絵図として残るものは、法華寺が所蔵する江戸時代中頃のものが唯一例で、南側に南西方向の大濠が描かれており、当該地には人名が記され、中近世の法華寺集落の形成などを考えるうえで、きわめて重要な成果といえよう。
遺跡名 平城京左京三条一坊一坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼういちつぼ
本内順位 26
遺跡所在地 奈良市二条大路南
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344109.23
東経(世界測地系)度分秒 1354745.96
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.685897 135.7961
調査期間
20130516-20130531
調査面積(㎡)
264
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
古墳
時代
奈良
主な遺構
南北溝
古墳周濠
主な遺物
木製品
木炭
治金関連
土器
埴輪
瓦磚
特記事項 515次。調査地区6AFI-R。
現地表土は奈良シルクロード博に伴って整備された造成土で、約1.5mほど堆積する。その下に畑地耕作土や水田耕作土が0.5mほど堆積する。その下に耕土床土が0.2mほど堆積するが、南調査区西半では耕土床土は0.5mほどと厚い。床土の下が奈良時代の遺構検出面である。遺構検出面は砂質土の地山層からなり、北調査区では標高約63.4m、南調査区では約63.0mである。ただし、南調査区の北西では遺構面の削塀が著しく、遺構検出面の標高は約62.4mと低い。また、南北両調査区ともに西側に幅2.5mほどの暗渠コンクリートボックスが埋設されており、基礎の標高からみてその下では遺構はすでに失われているとみられる。
遺跡名 平城京左京三条一坊八坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼうはちつぼ
本内順位 26
遺跡所在地 奈良市二条大路南
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344109.69
東経(世界測地系)度分秒 1354745.75
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.686024 135.796041
調査期間
20131105-20131129
調査面積(㎡)
450
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
古墳
時代
奈良
主な遺構
南北溝
土坑
古墳周濠
主な遺物
土器
埴輪
特記事項 515次。調査地区6AFJ-Q・P・R。
今回の調査では、北区では奈良時代の整地土を確認し、南区ではこれまでにも検出されていた三条条間北小路SF9670とその南側SD9672の延長部分を検出するなど、北区と南区では奈良時代の遺構面が比較的良好に遺存していることが、判明した。東区では奈良時代の遺構面は完全に失われていたものの、弥生時代の溝を検出し、南区で検出した古墳とともに、平城京造営以前の土地利用の一端が明らかとなったといえる。北区では詳細は不明ながら南北に軸を揃える土坑を検出しており、西側へ展開する建物の柱穴となる可能性が高い。一方、南区では整地土の下で溝が確認されるなど、これまでの調査とは異なる知見も得られている。これらについては、来年度報告する西区の状況の調査とあわせて検討を進めていく必要がある。
遺跡名 興福寺西室
遺跡名かな こうふくじにしむろ
本内順位 27
遺跡所在地 奈良市登大路町
所在地ふりがな ならしのぼりおおじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344100.15
東経(世界測地系)度分秒 1354949.54
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.683375 135.830427
調査期間
20130603-20131011
調査面積(㎡)
212
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
社寺
時代
江戸
沖縄貝塚
グスク
琉球王朝
主な遺構
西室基壇
基壇外装
掘立柱建物
主な遺物
土師器皿
須恵器杯A
双耳壺
土師器皿
軒平瓦
土管軒平瓦
金属製品
石製品
特記事項 516次。調査地区6BKF-E。
(1) 拡張区(東)において、西室の基壇外装と雨落溝を確認し、基壇規模と基壇外装に関する資料を得た。基壇外装は凝灰岩製で、地覆石と羽目石が残存する。側柱筋と地覆石外側の距離は南面で 2.1m を確認し、東面は 2.2m に復元できる。基壇の高さは約 45cm に復元できる。
(2) 西室の西側に古代に属するとみられる掘立柱建物を確認した。桁行7間以上、梁行2間で、柱筋を西室と揃えており、小子房の可能性が指摘できる。ただし、小子房と断定するには問題点もあり、興福寺をはじめとする古代寺院僧房の調査事例の増加、および興福寺を描いた絵画をはじめとする諸資料の調査の進展をまちたい。
遺跡名 平城宮中央区朝堂院
遺跡名かな へいじょうきゅうちゅうおうくちょうどういん
本内順位 28
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344132.23
東経(世界測地系)度分秒 1354733.65
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.692286 135.79268
調査期間
20130805-20130829
調査面積(㎡)
212
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
瓦だまり
小穴
溝状遺構
主な遺物
須恵器
土師器片
埴輪片
軒丸瓦
軒平瓦
特記事項 517次。調査地区6ACD-J・K、6ACF-E、6ABG-L。
調査は中央区朝堂院東北部(A区)、同西南部(B区)および第一次大極殿院西南の2ヵ所(C南北区)でおこなわれた。A区では、H=65.3mの地山上の木屑を含む砂層で奈良時代の瓦だまりを検出した。遺構検出面が西側の朝堂院建物群の検出面よりも約1m低く、堆積土が砂質であることから小さな谷地形に落ち込んだ流路由来の瓦だまりと考えられる。B区では、自然流路のみを検出し明確な遺構は検出されなかった。C区では、南北区ともにH=67.2~3m付近で小穴および溝状遺構を検出した。
遺跡名 平城京右京一条二坊四坪
遺跡名かな へいじょうきょううきょういちじょうにぼうよんつぼ
本内順位 29
遺跡所在地 奈良市二条町
所在地ふりがな ならしにじょうちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344129.57
東経(世界測地系)度分秒 1354717.44
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.691547 135.788177
調査期間
20130729-20130913
調査面積(㎡)
230
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
西側溝
主な遺物
土器
特記事項 518次。調査地区6AGA-A、6AGC-I。
本調査によって、庁舎敷地南半部では中世以降の沼状遺構が広がり、奈良時代の遺構面は残っていないこと、東北部では条坊側溝など奈良時代の遺構がある程度は残ること等を確認した。2014年度におこなわれる庁舎解体後の全面的な発掘調査によって、敷地全体の遺構の状況があきらかにしていきたい。
遺跡名 薬師寺十字廊
遺跡名かな やくしじじゅうじろう
本内順位 30
遺跡所在地 奈良市西ノ京町
所在地ふりがな ならしにしのきょうちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344009.82
東経(世界測地系)度分秒 1354703.79
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.669394 135.784386
調査期間
20130917-20140228
調査面積(㎡)
872
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
戦国
安土桃山
江戸
主な遺構
基壇
東小子房
柱列
石敷
建物
土坑
主な遺物
軒丸瓦
軒平瓦
鬼瓦
隅木蓋瓦
丸瓦
平瓦
土器
土製品
木製品
金属製品
特記事項 519次。調査地区6BYS-M。
今回の薬師寺十字廊の発掘調査では、薬師寺内部の施設配置という面だけでなく、全国的にもほとんど明らかにされていない古代寺院における食堂の背後の具体的な様相を明らかにしたという面でも、貴重な成果となった。
具体的な成果は以下の通りである。なお、十字廊の遺構は一時期分しか検出しておらず、これが最初に建立された時のものとみられる。明確な建て替えの痕跡は確認されなかったが、後述するように、基壇を壊す土坑から多量の炭とともに10世紀後半の土器が出土しており、973年にあったとされる火災後の片づけとの関連性が検討課題となる。
① 十字廊の建物と基壇の規模
薬師寺十字廊は東西44.4m(148尺)、南北約21m(70尺)の基壇をもつ礎石建物で、建物の規模は、東西廊が桁行11間・梁行1間、南北廊が桁行4間ないし5間・梁行1間であることが判明した。建物規模は東西141尺、南北49尺以上と推定される。この数値は、東西廊については『薬師寺縁起』に記された規模に一致する。南北廊については記載通りかは不明であるが、やはり『薬師寺縁起』に記された規模と大差ないものと推定される。
② 基壇築成の工程
基壇は、地山上や、地山を掘り込んだ面の上に整地を施し、版築などを用いて築成されている。礎石を据え付けるための壺地業は、基壇をある程度積み上げた段階で施工されている。なお、一部では壺地業の上に基壇土を積み上げて礎石を据えていたと想定できる部分も見られる。
③ 十字廊の造営と廃絶の年代
十字廊の造営年代は奈良時代後半頃とされていたが、今回の調査結果もこれと整合的である。また、基壇を破壊している土坑群から10世紀や11世紀の土器が炭とともに出土していることは、十字廊の廃絶や再建年代を考える手がかりとなると考えられる。
④ 十字廊の周辺の様相
 十字廊の北側には参道と推定される石敷と、その北側に位置する礎石建物を検出した。また、十字廊の東側には、東小子房や南北柱列を確認した。
 以上のように、薬師寺十字廊とその周辺に関する様々な知見を得ることができた。中でも十字廊の建物と基壇の規模がほぼ確定したことは大きな成果である。また、十字廊の周辺の施設、特に十字廊の北側や東側の空間利用についても新たな知見を得ることが出来た。
遺跡名 平城宮第一次大極殿院
遺跡名かな へいじょうきゅうだいいちじだいごくでんいん
本内順位 31
遺跡所在地 奈良市佐紀町
所在地ふりがな ならしさきちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344136.09
東経(世界測地系)度分秒 1354738.83
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.693358 135.794119
調査期間
20140107-20140318
調査面積(㎡)
476
調査原因 学術調査
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
平安
主な遺構
礫敷広場
掘立柱建物
桟敷風の遺構
主な遺物
特記事項 520次。調査地区6ABQ-H。
今回の調査により、奈良時代後半の西宮において、重要な儀式に幢旗が用いられたことが考古学的に裏付けられた。これらの成果は平城宮の中枢のみならず、古代の儀式空間の実態を解明する上で、重要な手掛かりとなる。
遺跡名 西大寺旧境内(重点地区)
遺跡名かな さいだいじきゅうけいだい(じゅうてんちく)
本内順位 32
遺跡所在地 奈良市西大寺小坊町
所在地ふりがな ならしさいだいじこぼうちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344143.00
東経(世界測地系)度分秒 1354646.07
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.695277 135.779463
調査期間
20131203-20140207
調査面積(㎡)
396
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
主な遺構
整地層落込み
主な遺物
木材
特記事項 521次。調査地区6BSD-P・Q。
SX1135から出土した木材4点はいずれも建築に用いられた痕跡はみられないが、部材の未成品1点、端材1点が含まれ、近くで木材加工をおこなっていた可能性が考えられる。このうち木材9556は肘木の未成品で、奈良時代前期の特徴がみられる。これらの木材はSX1135の
時期から、西大寺創建以前の建物に関わるものとみられ、その時期にも肘木を用いる建物が周辺でつくられていた可能性を示唆する。また、調査地の100m南西でおこなわれた平城第505次調査でも西大寺創建以前の遺構が3時期確認されている。これらの成果は西大寺創建以
前の土地利用について重要な示唆を与えるものであり、今後、旧境内域では下層遺構についても慎重な調査をおこなう必要がある。
遺跡名 平城京左京三条一坊一坪
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうさんじょういちぼういちつぼ
本内順位 33
遺跡所在地 奈良市二条大路南
所在地ふりがな ならしにじょうおおじみなみ
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344109.30
東経(世界測地系)度分秒 1354743.70
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.685916 135.795472
調査期間
20131216-20140328
調査面積(㎡)
1953
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
主な遺構
瓦溜
主な遺物
瓦片
土器片
埴輪片
特記事項 522次。調査地区6AFJ-Q・P・R。
①新たな建物2棟を検出
調査区北東部で、時期を異にする建物2棟(建物1・2)を新たに検出した。これまでの調査でもこの坪では南半に比して北半に多くの建物や塀などが展開することが指摘されていたが、その傾向が改めて確認された。
②建物3の桁行規模を確定
第486 次調査で検出していた建物3(SB9900)の東延長部分を検出したことにより、その桁行(東西)規模が確定した。あわせて、建物3の東側の柱列と建物1の西側の柱列の柱筋が揃うことが判明した。そのため、両者は一連の計画のもとに建設された可能性がある。
③坪内道路および三条条間北小路の東延長部分を検出
これまでの調査で検出していた坪内道路(SF9660)の東延長部分を検出した。これにより、坪内道路がこの坪の東辺付近まで敷設されていたことが確かめられ、坪を横断していた可能性が高まった。また、三条条間北小路(SF9670)の東延長部分も検出し、平城京の条坊設定に関する新たなデータを得た。
④坪全体の土地利用のあり方を確認
坪内道路と三条条間北小路の間では、建物等の顕著な遺構は確認されなかった。これにより、この坪が鉄鍛冶工房群および大型建物群の廃絶以後、井戸や坪内道路以外には顕著な構造物をほとんどもたない広場的な空間として利用されていたという知見が補強された。
遺跡名 中山瓦窯
遺跡名かな なかやまかわらがま
本内順位 34
遺跡所在地 奈良市中山町
所在地ふりがな ならしなかやまちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344245.83
東経(世界測地系)度分秒 1354606.96
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.71273 135.7686
調査期間
20140121-20140210
調査面積(㎡)
135
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
時代
奈良
主な遺構
瓦窯
主な遺物
土器
レンガ
鬼瓦
特記事項 523次。調査地区6SNY。
個人住宅建設のための擁壁工事にともなう事前の発掘調査である。調査地は1972年に7基の瓦窯が調査された地区のすぐ北方に位置する。調査の結果、奈良時代の瓦窯を3基検出した。いずれも窖窯である。1基は大きく攪乱を受けているものの焚口から煙道までを検出した。他の2基は一部が調査範囲外におよぶものの、それぞれ焼成室から煙道にかけての範囲と、燃焼室から焼成室にかけての範囲を検出した。灰原や窯本体からは奈良時代前半の軒瓦や鬼瓦が出土した。
遺跡名 平城京左京二条条間路
遺跡名かな へいじょうきょうさきょうにじょうじょうかんろ
本内順位 35
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344120.20
東経(世界測地系)度分秒 1354816.58
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.688944 135.804605
調査期間
20140203-20140218
調査面積(㎡)
48
調査原因 宅地造成
遺跡概要
種別
宮都
時代
奈良
主な遺構
南側溝
主な遺物
木簡
木製品
土師器
須恵器
軒丸瓦
軒平瓦
丸瓦
平瓦
特記事項 524次。調査地区6BFK-E。
宅地造成にともなう事前調査で、東西3m、南北16mの調査区を設定した。現地表下1.2mで奈良時代の遺構面を確認し、素掘りの東西溝2条、掘立柱列2条などを検出した。このうち、北側の東西溝は二条条間路南側溝と考えられる。また、南側の東西溝は奈良時代前半の所産とみられ、木簡・木製品・土器・瓦などが出土した。
遺跡名 海龍王寺境内
遺跡名かな かいりゅうおうじけいだい
本内順位 36
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344134.07
東経(世界測地系)度分秒 1354818.53
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.692797 135.805147
調査期間
20140219-20140228
調査面積(㎡)
30
調査原因 建物建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
飛鳥白鳳
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
主な遺構
建物
柱穴
土坑
ピット
主な遺物
土師器
須恵器
土器片
軒丸瓦
軒平瓦
特記事項 525次。調査地区6BKA-C。
写経道場新築にともなう事前調査で、東西3m、南北10mの調査区を設定した。現地表下0.3mで遺構面を確認し、海龍王寺西回廊の西縁部や、中世以降の所産とみられる建物や土坑などを検出した。西回廊は、地覆石がなく凝灰岩製羽目石を直接据え付けていたと考えられる。基壇外装の0.3m西側で乱石組雨落溝の残欠を検出し、これらの調査から従来の回廊復元案を追認した。
遺跡名 法華寺旧境内
遺跡名かな ほっけじきゅうけいだい
本内順位 37
遺跡所在地 奈良市法華寺町
所在地ふりがな ならしほっけじちょう
市町村コード 292010
遺跡番号
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 344135.15
東経(世界測地系)度分秒 1354811.07
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.693097 135.803075
調査期間
20140306-20140318
調査面積(㎡)
30
調査原因 住宅建設
遺跡概要
種別
社寺
時代
奈良
平安
鎌倉
南北朝
室町
主な遺構
東側溝
柱穴
主な遺物
土師器
須恵器
丸瓦
平瓦
埴輪片
特記事項 526次。調査地区6BFO-C・D。
共同住宅新築にともなう事前調査で、東西3m、南北10mの調査区を設定した。現地表下0.4mで遺構面を確認し、東二坊坊間路東側溝と考えられる素掘りの南北溝や、中世以降とみられる小規模な南北塀などを検出した。東二坊坊間路東側溝は幅0.6m以上、深さ0.4m以上、調査区東側へ広がることを確認した。
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