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船橋遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/90873
引用表記 公益財団法人大阪府文化財センター 2021 『公益財団法人大阪府文化財センター調査報告書309:船橋遺跡』公益財団法人大阪府文化財センター
公益財団法人大阪府文化財センター 2021 『船橋遺跡』公益財団法人大阪府文化財センター調査報告書309
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wikipedia 出典テンプレート : {{Cite book|和書|first=智博|last=井上|first2=成彦|last2=初宿|title=船橋遺跡|origdate=2021-04-26|date=2021-04-26|url=https://sitereports.nabunken.go.jp/90873|location=大阪府堺市南区竹城台3丁21番4号|series=公益財団法人大阪府文化財センター調査報告書|volume=309}} 閉じる
ファイル
3次元画像
書名 船橋遺跡
発行(管理)機関 大阪府文化財センター - 大阪府
有償頒布・配布ページ https://www.occh.or.jp/?s=book
※ 有償頒布・配布していない場合もあります
書名かな ふなはしいせき
副書名
巻次
シリーズ名 公益財団法人大阪府文化財センター調査報告書
シリーズ番号 309
編著者名
編集機関
公益財団法人大阪府文化財センター
発行機関
公益財団法人大阪府文化財センター
発行年月日 20210426
作成機関ID
郵便番号 5900105
電話番号 0722998791
住所 大阪府堺市南区竹城台3丁21番4号
報告書種別 a01.報告書・概報・要覧(発掘調査・遺跡整備・保存管理計画)
資料タイプ Research Paper
所蔵大学(NCID)
JP番号
他の電子リソース
備考
所収論文
所収遺跡
遺跡名 船橋遺跡
遺跡名かな ふなはしいせき
本内順位
遺跡所在地 大阪府枚方市船橋本町1丁目・西船橋1丁目
所在地ふりがな おおさかふひらかたしふなはしほんまちいっちょうめ・にしふなはしいっちょうめ
市町村コード 27210
遺跡番号 14
北緯(日本測地系)度分秒
東経(日本測地系)度分秒
北緯(世界測地系)度分秒 345107
東経(世界測地系)度分秒 1354040
経緯度(世界測地系)10進数(自動生成) 34.851944 135.677777
調査期間
20170703-20180831
20181203-20190731
20190106-20190630
調査面積(㎡)
5317
4616
4679
調査原因 高速自動車国道近畿自動車道名古屋神戸線建設
遺跡概要
種別
集落
田畑
時代
古墳
飛鳥白鳳
奈良
鎌倉
主な遺構
溜池
畦畔
掘立柱建物
井戸
竪穴建物
導水施設
土坑
主な遺物
瓦器
土師器
須恵器
鉄製品
木施品
木製品(付札木簡)
金属製品(辻金具)
特記事項 水路と溜池からなる灌漑施設
英虞湾から運ばれてきた海藻に付けられていた木簡
竪穴建物と掘立柱建物からなる建物群
要約  今回の調査では、弥生時代から中世までの各時代の遺構・遺物が検出され、この遺跡における土地利用変遷が明らかになった。この遺跡において本格的に集落が営まれ始めるのは庄内式期のことである。古墳時代後期後半には一辺約7mの竪穴建物と梁行3間桁行5間の掘立柱建物などからなる建物群が営まれた。7世紀前半には調査地北西端付近に遺構分布の中心が移動し、祭祀に関連すると思われる導水施設がつくられた。この遺跡については、奈良時代に淀川の水運の中継地である川津の関連施設が存在した可能性が指摘されているが、今回確認された古墳時代後期から飛鳥時代の様相は、奈良時代の状況につながる動きとして評価できる。
 奈良時代後半の井戸から出土した付札木簡は、英虞郡から運ばれた海藻に付けられていたものである。このようなものが都以外から出土することは珍しく、天皇の行幸に伴って当遺跡にもたらされていたものである。このようなものが都以外から出土することは珍しく、天皇の行幸に伴って当遺跡にもたらされた可能性が指摘されている。
 鎌倉時代には基幹水路とそれに付随する溜池からなる灌漑施設の存在が明らかになり、その周囲からは水田も検出された。水路周辺や溜池からは、瓦器・土師器・金属製品・木製品が多数出土した。また、今回の調査では、船橋川の現堤防部分の断面観察をおこなった。その結果、その堤防が出現した16世紀中葉から17世紀にかけて、船橋川の天井川化が進行したことが明らかになった。
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