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蕪木遺跡

URL https://sitereports.nabunken.go.jp/23046
DOI http://doi.org/10.24484/sitereports.23046
引用表記 公益財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団 2018 『新潟県埋蔵文化財調査報告書277:蕪木遺跡13』新潟県教育委員会
公益財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団 2018 『蕪木遺跡13』新潟県埋蔵文化財調査報告書277
File
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Title 蕪木遺跡
Alternative かぶらぎいせき
Subtitle 一般国道49号阿賀野バイパス関係発掘調査報告書
Volume 13
Series 新潟県埋蔵文化財調査報告書
Series Number 277
Author
Editorial Organization
公益財団法人新潟県埋蔵文化財調査事業団
Publisher
新潟県教育委員会
Publish Date 20180330
Publisher ID 15100
ZIP CODE 9560845
TEL 0250253981
Aaddress 新潟県新潟市秋葉区金津93 -1
Report Type report
NII Type Research Paper
NCID
JP Number
Other Resource
Remark
Site
Site Name 蕪木遺跡
Site Name Transcription かぶらぎいせき
Order in book
Address 新潟県阿賀野市大字堀越字蕪木1974ほか
Address Transcription にいがたけんあがのしおおあざほりこしあざかぶらぎ
City Code 15223
Site Number 405
North Latitude (JGD)
East Longitude (JGD)
North Latitude (WGS) 374838
East Longitude (WGS) 1391316
Research Period
20140728-20141130
20150907-20151117
Research Space
6963
Research Causes 一般国道49号阿賀野バイパス道路建設
OverView
Site Type
集落
Main Age
平安
Main Features
掘立柱建物
土坑
ピット
Main Foundings
須恵器(無台杯
有台杯
杯蓋
壺瓶
壺蓋
双耳瓶
横瓶
墨書土器)
土師器(無台椀
有台椀
有台皿
無台皿
小甕
長胴甕
鍋)
黒色土器(無台椀
有台椀
有台皿
耳皿)
灰釉陶器皿
アスファルト塊
Remark 面積140平米超の大型掘立柱建物。墨書土器「廣」。黒色土器有台耳皿
Site Type
集落
田畑
Main Age
鎌倉
室町
近世(細分不明)
近代(細分不明)
Main Features
井戸
土坑
火葬土坑
ピット
掘込田
Main Foundings
珠洲焼片口鉢
珠洲焼甕
瓷器系陶器甕
木製品(曲物
漆器椀)
石製品(砥石
硯)
金属製品(刀子
銭貨)
土錘
陶磁器
Remark
Abstract  遺跡は海岸から約20kmの越後平野東部に有り、阿賀野川右岸の標高10m前後の沖積地に所在する。調査区の南隣りには古代期に流路化していたであろう阿賀野川の支流が存在し、遺跡はこの支流の右岸自然堤防微高地に立地している。調査では古墳時代から近・現代までの遺物が出土したが、遺構は古代以降のもので、中心時期は平安時代(9世紀後葉)である。古代は5棟の掘立柱建物を検出し、なかには140平米を超える大型建物が存在する。遺物は土師器椀を中心に須恵器の各器種や黒色土器に混じり、稀少品の耳皿・灰釉陶器皿・アスファルト塊などがわずかに出土したが、建物が大きいことから検出した建物群は、郡(沼垂郡)の関連施設ないしは在地有力者の居宅などが想定される。また、立地要因については、当時機能していた阿賀野川支流に近く、内水面交通の要所として位置づけが可能か否か、周辺地区の調査に期待するところが大きい。中世以降は田畑を中心とする生産域と考えるが、13~14世紀頃の井戸や火葬土坑の検出は、近くに集落の存在を考えさせられる。
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